ヴィア・フランチジェナ ローマ巡礼6日目 – ①

La Storta → Rome

一度5時に起きたが、二度寝していて気づけば6時30分だった。

 うつらうつらしながらも、朝の空気の中にはカミーノの匂いが絶えず香りたっていた。今日もカミーノを歩ける喜びに満ちている。

ここまで歩いてきても、今日がまるで巡礼初日のようにフレッシュな気分だった。

心からワクワクしていて、僕の心は今日がゴールだと思っていないようだ。

 豪華なビュッフェスタイルの朝食が並べられた朝食会場では、初老のイタリア人男性が給仕をしてくれていた。彼はパオロといい、とても気さくでお茶目な人で、すぐに仲良くなった。

ホテルカッシアの豪華な朝食。朝からテンションが上がる。

 パオロに僕がこれからローマに行くことを伝えると、食べ物を勧めながらローマで訪れた方が良い教会などについても熱心に教えてくれた。最後は完全に意気投合してしまって、肩を組んで一緒に写真まで撮っていた。パオロはイタリア語しか話していないし、僕はイタリア語は一切わからないのに、心と心で通じ合っていた。

結局さらに乗せるのはいつもの朝食とそんなに変わらないという。

イタリアの真っ青な空には今日も飛行機が気持ちよさそうに泳ぐように飛んでいた。

 のどかな巡礼路もLa Stortaまでだったようで、そこからローマまでは車が忙しなく行き交う、大きな道の脇を歩く時間が長かった。

 一番大変だったのは、道の反対側に渡る時だ。横断歩道がほぼないような大きな道だった上に、すごく交通量が多く、イタリア人達は僕を渡らせてくれる気配もない。でも最後はどうしても渡らなければならなかったので、ほぼ轢かれてることも覚悟の上で、ほんの一瞬車間距離が空いた隙を狙って、相手が止まってくれることを願って身を投げ出すように渡った。バイクがほんの鼻先を掠めるような危ない瞬間もあった。それでも命からがら道を横断することには成功した。

朝から歩道もないような道を歩き続ける。

 きっと安全な渡れる場所も方法もあるのだろうし、ぜひこれを読んでくださっている方には決してお勧めしない方法だ。

 だけど、その「イタリアの道では、車に轢かれにいかないと渡れない」という感覚は、どこか「夢に一歩踏み出す瞬間」に似ていた。あの全てを捨てて、運ばれることを信じて、向こう側に飛び込む感じ。

 ひたすら主要道路沿いを歩くだけの区間も終わり、市街地の端のような場所に入った。ようやくバールでコーヒーを飲んだり、トイレを借りたり、一息つけた。

束の間のコーヒーブレイクが心に落ち着きを与えてくれる。

 そこからローマの中心へ進む途中では、巡礼路は一度ローマ近郊の森の中に入り、そこでは街の喧騒とは打って変わって、鳥の囀りだけが聞こえていた。あれだけうるさかった車の音すらしなくなっている。不思議だ。

 途中森の中のベンチで休んだ。親子が自転車に乗って通り過ぎて行った。小さな犬をリードなしで散歩させている若いイタリア人のお兄さんがいた。とても静かな場所だった。

巡礼路は忙しない道路から一転、静謐な森の中へ。

 道は再び市街地へと入っていった。「これがローマの街なのか」と興奮しながらキョロキョロして歩いていると、そこで1人とても印象的な女性を見かけた。

 身体にツバメのタトゥー、黄色いドレッドヘアでピチッとしたクリーム色のパンツを履き、足元の水色のシューズは、よりその人のスポーティさを醸し出している。そして肩にかけたヨガマット。ふと、彼女もまた巡礼なのだと感じた。

 今回初めてそう感じたが、その後は彼女に限らず、ヨガマットを持って歩いている人を見かけるたびに、僕はそう思うようになった。彼らもまた何かを求めて旅をしているのだと。

 途中また休憩のために立ち寄ったバールでは、屈強なイタリア人のお兄さんと、これまた逞しいアジア人のお兄さんがテキパキと働いていた。風貌も仕事ぶりも何だか絵になりすぎる2人だったので、「一枚写真撮らせて!」とお願いすると、満面の笑みで快く応じてくれた。2人で肩を組んでパシャリと一枚。するとイタリア人のお兄さんの方が、

「○ルノサイトにあげるなよ!」

と釘を刺し、3人で爆笑した。ローマはカラッと明るくて、光に溢れている。

明るいお兄さん達が淹れてくれたエスプレッソは、僕を何倍にも元気にしてくれた。

 そこからさらに中心地へ向かって歩いていると、バス停で素敵な70歳ぐらいのセニョリータに出会った。彼女はバス停でバスを待っていて、通りがかった僕に話しかけてくれた。彼女はまず、

「イタリアのバスは止めないと止まらないのよ!」とぼやいた。何でも彼女曰く「止まれ!」とアピールしないと、バス停に人がいようが、バスは止まらずに通り去ってしまうらしい。これがイタリアか、とにかく主張することが求められるのはバス停でも一緒らしい。

これがローマの街なのか。早くも少し感慨深いものがあった。

 話を聞けば、彼女は5カ国語を話す多言語話者だった。若かりし頃は、ロンドンで働いていたらしい。僕は旅する中で少なくない数の多言語話者に出会ってきたが、3ヶ国語を話せる人はざらにいて、5カ国語話せる人も珍しくなかった。

 僕は彼ら彼女らと出会った時はいつも、「どうやって勉強したの?」と聞くことにしているのだが、彼女は「リスニングで話せるようになった」らしい。とにかく覚えたい言語を聴くことが大切らしい。今回の旅の初日にお世話になったデイビッドも洋楽を聴いて覚えたと言っていたし、まずは一定量のインプットがカギになるのかもしれない。

 彼女は親切にもサンピエトロ大聖堂への近道を教えてくれたが、僕はその情報を使いこなせるほど土地勘がなく、そのルートに関して理解することができなかった。

 途中巡礼路を示すサインを見失ってしまった。たまにあるのだ。だが迷っているうちに、美しいエデンのようなリストランテに辿り着いた。まるでエルフのようなお店のお姉さん。木立に囲まれて、鳥も鳴いている。自然と一体になったようなリストランテ、木陰とパティオ。光と植物。ウエイターのエクアドルのお兄さんが優しく対応してくれた。全てが洗練されていた。

迷った末に出会えたローマのオアシス。

 屋根、パーゴラ、蔓植物、良い香り、建物の中にも大きな観葉植物。自然の光と人工の優しい照明。たくさんのガラス。カラフルな椅子。

 セットされたランチョンマット、布ナプキン、ナイフ、フォーク、グラス。わざと同じ色ではない。全体的に配置された黒っぽい色が落ち着いたトーンを作っている。店員さんの雰囲気も落ち着いている。

 店内の音楽とローマの街の音、人の話し声、店員さんが働いている食器の音、鳥の鳴き声。虫も花に群がって飛んでいる。そよ風が吹いている。花びらが散っている。光が揺れて輝いている。

疲れた心を美しいリストランテと食事が癒してくれた。

全てが美しいリストランテで、僕は偶然にも幸運にも、素敵なランチタイムを楽しむことができた。

「さあ、進もう。」

 すっかりと楽園のようなリストランテで昼食を楽しむと、無事に巡礼路に復帰することもでき、いよいよローマ中心部へと足を踏み入れた。

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