【サンティアゴ巡礼】フランス人の道 – 41日目 –

サンティアゴ巡礼記

『最果ての地〜天国に一番近い場所〜』
6月15日 Olveiroa → Fisterra 31km

 目が覚めて時計を見ると、まだ朝の5時半だった。昨日の夕食の席で巡礼仲間のリカ達とフィステーラの同じ宿に泊まろうと約束していた。

 フィステーラまでの31kmという距離は僕にとっては少々長い距離だったので、「早起きして出発しなければ!」という緊張感からか早朝に目が覚めてしまったのだと思う。

まだ夜明け前のオルベイロア。

 皆が寝静まる夜明け前の暗い部屋で、なるべく音を立てないように支度をすると、忍び足で一階へ降りた。洗面所でペドロと会い挨拶をした。彼はすでに支度を終えていて、僕と挨拶を交わした後すぐに出発して行った。昨夜の夕食の席で、彼は誰よりもワインを煽っていたと記憶しているが、翌朝にはシャキッと切り替えられるのだからすごい。

 支度が整うと、僕もペドロに続いてアルベルゲを出発。小腹が空いていたので昨夜夕食を食べた村のバルに立ち寄ったが、まだ店は開いていなかった。同じく朝食を食べにやってきたらしい韓国人の友人達に店の前で会い挨拶を交わした。

 彼らと一緒にバルの開店を待とうかとも考えたが、時間がもったいないと思い、朝食は諦めてオルベイロアを出発することにした。

オルベイロアを出発。この時間に歩き始める巡礼は少なくなかった。

 今朝はとても寒かったが、上り坂の巡礼路を歩いているとすぐに身体が温まってきた。やがて白み始めた空に朝日が昇る。夜明けはいつ見ても感動的だ。

 1時間ほど歩くと次の村に到着した。お腹が空いていたので、村のバルで朝食を食べることにした。巡礼達で溢れ返るバルで席を確保すると、コーヒーとクロワッサンを注文した。

 朝食を食べていると、店の奥のドアが開き、アルゼンチン人のネストルが出てきた。どうやらバルのドア一枚挟んで向こうはアルベルゲの寝室になっており、彼は昨晩ここに泊まったらしい。

 サンティアゴを出てからというもの、ネストルとは毎日のように会っている。彼の年齢は確か70歳を超えていたが、それが僕には信じられなかった。彼の足腰は強靭で、歩く姿は速くて力強い。それに彼は夜になると若者以上にお酒を煽り、タンゴだって踊る。

 彼の健康の秘密について知りたくなった僕は、一緒に朝食を食べ始めた彼に尋ねてみた。すると、

「よく山を歩くことだよ!」

彼はなんでもないことのようにそう言った。答えは極めてシンプルだったが、実際にやってみるのは簡単ではなさそうだ。

「見つかっちゃった!?」みたいな表情のヤギ。

 よく考えたら、僕の知る健脚の巡礼達、チリ人のカーラもよくハイキングをすると言っていたし、フォンセバドン手前で出会った日本人Kさんさんにいたっては日本百名山を制覇したと言っていた。やはり皆山歩きをしている。

 定期的に山を歩くことは楽なことではなさそうだけれど、山歩きの楽しさを知れば、強靭な足腰を手に入れられて長く健康的に人生を楽しめるのかもしれない。帰国後は僕も彼らを見習って山歩きを始める必要がありそうだ。

 ネストルは先に出発して行った。ゆっくりと朝食を食べ終えると、僕も再び歩き出した。すると、後ろからフアンが追いついてきた。少し立ち話をすると「フィステーラで会おう!」と約束して彼は先へと歩いて行った。

 そこからしばらく歩くと、巡礼路沿いにツーリストオフィスがあるのを発見。僕がそこを通りがかった時に、中からネストルが出てきて、ツーリストオフィスでスタンプを押してもらえることを教えてくれた。これも何かの縁だと思い、僕もそのツーリストオフィスでスタンプを押してもらおうと中へ入ってみた。

 ツーリストオフィスのカウンターには女性が一人いて、オフィスの大部分のスペースには様々な展示物があり、この辺一帯の歴史についてやサンティアゴ巡礼に関する写真が、大きなパネルで展示されていた。

ツーリストオフィスにあった展示パネル。食事をする巡礼達を描いているようだ。

 どれもが興味深く、中には狼人間に関する資料などもあった。僕が中でも興味を惹かれたのは”ドルメン”についてだ。ドルメンとは大きな石を組んで造られた小屋のような、祠のような謎の建造物で、太古の昔から世界中に存在していた。

 ドルメンについては、僕の愛読書である「ロシアの響き渡る杉シリーズ」の中でその説明がされている。ドルメンには古代の人々の叡智が永遠に保存されていて、今もそれは機能しているらしい。ドルメンの側で自分の知りたいことを念ずると、答えが返ってくるらしいのだ。

狼男らしきイラスト。本当に実在したのだろうか。

 ロシアではすでにドルメンに対する認識が改められて、ドルメンを保護、整備するようになった。「もし巡礼路沿いにドルメンがあれば立ち寄ってみよう!」と思い立ち、オフィスの受付で女性スタッフに尋ねてみたが、残念ながらこの付近にはないとのこと。夢の実現は次回に持ち越されたが、いつかきっと見てみたい。

今回はチャンスがなかったが、いつかドルメンを訪れてみたい。

 ツーリストオフィスを出ると、牧場を横切るように歩き、広い車道へと出た。その車道を歩いて行くと、目の前に二本のモホンが並んで立っていた。二本のモホンはそれぞれ別方向を示している。ここがどうやらフィステーラとムシアへの分かれ道のようだ。

 「どちらへ進むか」左右に分かれた矢印は、まるで人生の岐路を象徴するようだった。僕は今回、先にフィステーラへ行くことを決めていたので、左へ曲がり車道に沿って歩き続けた。

フィステーラとムシアへの分かれ道。

 巡礼路はやがて、車道を離れて草地の間を通る砂利道へと入った。そして、遠くに海が見えたその時だった。

 突然どこからともなく悲しみが込み上げてきて、目から涙が溢れた。理由は全くわからなかったが、それは次第に激しくなり、ついには嗚咽を漏らし号泣しながら歩いた。周りに人がいなくて本当に良かった。

 その状態はしばらく続き、そして何事もなかったかのように、自然に収まった。一体なんだったのだろう…。あれこれ考えたが、どれも真実を捉えているようには思えなかった。

 松林の向こうに見え隠れしていた海が、次第に近づいてきた。はるか昔、西へ西へと追われていたケルトの人々は目の前に海が見えた時、それをどのように感じたのだろうか。

遠くに海が見えてきたときは嬉しかった。

 海の方から心地良く吹いてくる風は、松の良い香りと海からのエネルギーを運んできてくれた。少し肌寒くもあったが、Tシャツ一枚になって風を感じながら歩くと、とても気持ちが良い。日の光は身体を包み込むように温めてくれた。そして風は、どこからか”呼ぶ声”を運んでいるようにも感じられた。
 
 しばらく歩くと、港町セエに到着。僕は海の近くで育った人間だが、「港町とはこんなに素敵なところだったんだ」と生まれて初めて思った。入江を抱え込むように広がるセエの町全体に海の良い香りが満ちていて、海の照り返しを受けて光り輝いていた。人々の歩き方も時間の流れもゆったりとしている。

セエの町角。ジブリ映画『魔女の宅急便』に出てくる街のようにとても絵になる。

 そんな素敵なセエの町を歩いていると段々と気分も開放的になっていった。改めて自分は海が好きなんだと気付いた。見方や場所が変れば気づくこともある。

次回また訪れることがあれば、今度こそセエに泊まってみたい。

 町のパン屋でクリームクロワッサンとチョコクロワッサンを買うと、ビーチ沿いのベンチで昼食にした。果てしなく広がる海を眺めながらのパンは最高に美味しかった。遊歩道を散歩する人々も、皆気持ちが良さそうだ。

食事休憩をしたベンチ。海のそばのベンチで食べるパンの美味しいこと。

 セエはとても美しい町だったが、今日のゴールはここではない。パンを食べ終えると、ベンチから腰をあげて巡礼路を再び歩き出した。

 町中を歩いていると、通りがかった地元のおばちゃんに、
「フィステーラまで行くのかい?まだまだ先は長いよ!歩いて!歩いて!」
と叱咤激励される。その言葉にとても元気をもらった。巡礼路は海とは正反対の方向へ、内陸の方へ町を登るように続いていた。名残惜しいが、海とはしばしお別れのようだ。

海がくれるポジティブなエネルギーにすっかり元気を取り戻した。

 ようやく町の上まで登り切ると、今度は森の中を下るように歩いた。森を抜けて、広い車道沿いに進んで行くと小さな村に到着。

 その頃になると、疲れていたせいか「なんだか遠くまで来ちゃったな…。」と少し郷愁を感じて寂しい気持ちになっていた。異国の見知らぬ土地を一人でトボトボと歩いていることに、疲れと孤独と無気力を感じた。それは今までに全く馴染みのない感覚だった。サンティアゴ・デ・コンポステーラ到着の前と後で僕の気持ちは大きく変わってしまったようだ。

 村を後にして松林を抜けると、目の前に再び海が見えた。そして、そこが最果ての地フィステーラだった。白い砂浜と青い海に浮かぶような町フィステーラ。そんな美しい景色に、塞ぎかけていた心も解きほぐされていった。

セエを出発して歩き続け、再び海が見えてきた。

 フィステーラに到着すると今度は恋人のことが頭から離れなくなった。なぜか無性に心配になり、それは遠くからやってくる黒雲のように僕を不安にさせた。

 町へと歩きながらも、フィステーラ到着の喜びと、恋人に関する謎の不安との間で、心は揺れていた。すると案の定、町へと降りる急な砂利道で滑って転倒した。心のバランスが崩れると、身体のバランスも崩れてしまうものらしい。

このすぐ後に砂利道で転倒した。

 フィステーラの町へと続くビーチは、「え?ここ天国?」と錯覚してしまうほどに美しかった。光溢れる真っ白な砂浜、どこまでも広がる青い海、突き抜けるように高い空が、異次元のように美しかった。この景色だけ見ているとフィステーラが世界の果てであり、異世界への入り口だと言われるのも頷ける。

ここは天国なのか。

 おそらく巡礼達だと思うが、海水浴を楽しんでいる人達もいた。すっかり開放的な気分になった僕は、町へと続くビーチを裸足になって歩いた。打ち寄せる波に火照った足を浸すと、それだけで気持ちはスーッと軽くなっていった。

 フィステーラの浜で拾ったホタテ貝を、次回のカミーノで身につける巡礼もいると聞いたことがあったので、僕もホタテ貝の殻を探しながら歩いた。やや小振りだが、ピンクが映えるホタテ貝の殻を見つけることができた。次回カミーノを歩く時には恋人と来れたらいいなと思い、その貝殻は彼女にあげることにした。

砂浜を歩くうちに町に近づいてきた。

 だが後に、僕のフィステーラでの不安は当たっていたことを知る。その時すでに彼女の気持ちは世界の果て以上に遠いところまで離れて行ってしまっていて、もう戻ってくることはなかった。

綺麗な帆立貝の殻を見つけた。いつかこの貝殻とカミーノを歩きたい。

 やがてフィステーラの町に着くと、そこにはスペイン版海の家があった。(普通のバルだったかもしれない)その海の家の前で、足の砂を落として靴を履いていると、そこを通りがかった地元のおじさんが、
「大丈夫か?」
と声をかけてくれた。気遣いが嬉しい反面、通りすがりの人に心配されるほど、僕は自分で思うより疲れて見えるのかもしれないと思った。実際にとても疲れていた。

 「さてどうしたものか…」僕が歩いてきたビーチはそもそも巡礼路ではなく、今僕はモホンを見失っていた。まずは、今自分が町のどの辺りにいて、今夜の宿はどこにあり、フィステーラ到着の証明書はどこでもらえるのかを特定しなければならない。

フィステーラ到着。

 ひとまず町を突っ切るような大きな道路に出ると、休憩と情報収集のため、目についたバルに入った。オレンジジュースを頼むと、バルの店主にリカ達が予約してくれたアルベルゲの場所を尋ねた。幸い、店主はそのアルベルゲの場所を知っていて丁寧に教えてくれた。

 教えてもらった道を進んで行くと、やがて町の中心地に出た。そこから今夜のアルベルゲへの行き方が確認できたので、まずは証明書を発行してもらい、ついでに買い出しまで済ませてからアルベルゲへ向かうことにした。

 早く宿で休みたかったが、一回アルベルゲに腰を落ち着けてしまったら、再び外出する体力はおそらく残っていないだろうと思ったからだ。

 町の中心地は、色々な店が建ち並んでいて、町の人や行き交う巡礼も多かった。人で溢れる賑やかな通りを歩いていると、一人の男の人がおもむろに近づいてきた。「何だ、何だ!」と身構えながら話を聞けば、彼はアルベルゲのキャッチのおじさんだった。路上で巡礼を捕まえて、アルベルゲまで引っ張っていくらしい。そのようなアルベルゲのキャッチは彼以外にもいて、彼らはその辺をウロウロしていた。

 こんなことは初めてだ。僕はそのキャッチのおじさん達の存在に何だか違和感を感じた。巡礼の神聖さはどこへ行ったのだろう。フィステーラには本物の美しい波とは別に、商業主義の波もまた打ち寄せているようだった。これがマスターが言っていたフィステーラの現実なのだろうか。僕に話しかけてきた彼は、しつこくなかったのでまだ助かった。

 町中のスーパーの前を通りがかると、韓国の友人スンフ達に会った。彼らはとても陽気で気持ちの良い人達だ。彼らは岬の場所と、証明書を発行してくれるツーリストオフィスの場所を教えてくれた。彼らに感謝して、まずはツーリストオフィスへと向かった。

石に書かれたメッセージはとても意味深だ。

 ツーリストオフィスでは特別な手続きも必要なく、すんなりと証明書を発行してもらえた。ツーリストオフィスを後にすると、スーパーに寄ってボガディージョを買い、今夜の宿Albergue do Sol e da Luaへ向かった。

 着いたアルベルゲは、ヒッピーの宿といった感じの雰囲気だった。僕が大好きな雰囲気だ。受付をしてもらい寝室のある上の階へと上がると、先に到着していたフアンとペドロに会えた。しばし話をした後、彼らと一緒にフィステーラ岬に夕日を見に行く約束をして別れた。

 リカは昨日の疲れもあり、無理せずにセエで一泊することにしたらしい。後からリカと大勢の巡礼達による夕食の写真が、ペドロに送られてきた。その中には、ネストルと彼のタンゴパートナーらしき女性も写っていた。ようやく再会できたらしい。本当に良かった。ネストルとは何度も何度も道で会ったが、彼を見たのはそれが最後だった。

 20時にフアンとペドロと合流し、フィステーラ岬に夕日を見に行った。岬の突端にはすでに多くの巡礼達がいて、その瞬間を今か今かと待っているところだった。かつてこの岬では、”巡礼達が巡礼中に身につけていた品々を燃やす”という古くからの儀式をやっていたらしいが、今は禁止されていた。

 その火の儀式には”地の果てで古い自分から新しい自分へと生まれ変わる”という意味があったらしい。岬の突端には、昔のものか最近のものかはわからないが、黒く焦げた場所があった。

フィステーラの灯台。

 いよいよ夕日が赤く燃え、果てしなく広がる水平線の向こうへと沈み始めた。巡礼達は皆それぞれ感傷に浸りがら夕日を見つめていた。ギターを爪弾く巡礼もいる。”終わりが近づいている”巡礼達の間にはそんな寂しさが漂っていた。

皆何を想うのか。

 沈む夕日に巡礼達は何を思うのだろう。ある者にとっては終わりかもしれないし、またある者にとっては新たな始まりかもしれない。僕にとっては…。

本日のアルベルゲ

Do Sol da Lúa Hostel(Fisterra)

 私営アルベルゲ
 開業日時:年中無休 8時〜22時30分
 予約可

 ・宿代 
  ドミトリー 13〜15€(時期と滞在期間によって変わります)
  個室    23€

 
・ベッド数 18

 ・キッチン
 食事朝食、夕食)
 ・シャワー室 
 ・お湯
 ・洗濯機(洗濯3€、乾燥4€)
 ・ペット可
 ・駐輪場

本日の支出

項目
クロワッサン、コーヒー2.5
パン2.3
オレンジジュース2
宿代11
ボガディージョ1.26
食材1.99
夕食代8
合計29.05
3,632円(1€=125円)

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