アイルランド留学⑩ 「イースターダンスパーティー」

ヴィア・フランチジェナ

 学校の正面玄関の前には、タバコを吸うおじさんが毎朝立っていた。年齢は50代ぐらいで、多分僕と同じ学校の生徒だと思う。彼は少し無愛想で、いつもはお互いに会釈程度の挨拶をするだけだった。

 いつものように彼に挨拶をして学校の中へ入ろうとすると、彼が玄関のドアを開けてくれた。思わぬ親切にとても嬉しい気持ちになる。今日は幸先が良い。

 教室に入ると、フランス人の女の子エステルが机に突っ伏していた。早起きしたせいで眠いのかもしれない。彼女と世間話をしていると、ブラジル人のタタもやってきた。

 タタがバッグから勉強道具を出し始めると、突然悲鳴を上げた。何事かと思えば、どうやらバッグに入れていた水筒の蓋が開いていて、バッグの中がびしょ濡れになってしまったらしい。僕とエステルは気の毒に思い、しばらくタタを慰めていた。彼女にとっては幸先が良くなかったかもしれない。

 今日の授業では楽しい瞬間がたくさんあった。コラムとクラスメイト達との楽しいやり取りであったり、充実した授業内容であったり。なんだか朝から調子が良い。

 経緯は忘れたが、授業の一番最後にエド・シーランの「Perfect」を、クラスの皆で大合唱した。国籍も年齢も言葉も違う僕らが、歌で一つになれる、僕はそのことに感動した。いつものピリピリとした雰囲気は全然なくて、今日の授業は最初から最後まで楽しい時間だった。

 午後からはマリーの授業を取っていた。普段の彼女はおっとりしていてとてもチャーミングだが、ことライティングに関しては、鬼のように厳しい。彼女にライティングをこき下ろされた生徒達は、ほとんどがうつむいて静かになり、プライドをへし折られ落ち込んでいるようだった。

 マリーの授業を終えると、学校主催の”イースターダンスパーティー”なるものに参加した。日本では馴染みがないが、西洋では”イースター”と呼ばれる祝日がある。十字架にかけられたキリストが、三日後に復活したことを祝うものらしい。僕一人なら絶対参加しなかっただろうが、ファティマとフランソワの誘いで参加することにした。

 学校に集合した参加者は、バスと徒歩で移動し会場へと向かった。辿り着いたのはパブのようなダンスクラブのような場所で、店内はお酒を楽しむ人々で溢れており、音楽がガンガン鳴っていた。音楽と人混みのせいで、隣の人と話すのにも声を張り上げないといけない。

たくさんの人、鳴り響く音楽。とても賑やかだ。

 パーティー参加者は20人ほどいて、エステルやベン、フランソワやファティマなど友達もいたが、同じ学校の生徒であるとはいえほとんどが知らない人達だった。今回はダンスパーティーらしいが踊ることはなく、友達と学校では話せない突っ込んだ話をしたり、学校で見かけるが話したことがない人と話をしたりと、ずっと誰かとおしゃべりしていた。

 今朝”Perfect大合唱”で感じた一体感を、そこでも感じることができた。一体感とはすなわち幸福感でもあるように思う。自分を満たしてくれるのは結局周りの人達との繋がりだ。それまでよそよそしかったダブリンとの距離が、今日1日で一気に縮まったように感じた。僕にとってダブリンとはそこにいる人達だったようだ。

 人が他人との繋がりを感じるとき、コミュニケーションは言葉よりも先にある気がする。繋がりたい、理解したい、聴きたい、伝えたいという「想い」。コミュニケーションは英語より日本語より前にあるもの。

そこを忘れてしまったら、そもそも英語を学ぶ意味も失われてしまうかもしれない。

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