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【サンティアゴ巡礼】- ルピュイの道 – 2日目-1

サンティアゴ巡礼記

12月19日 Le Puy-en-Velay → Saint-Privet-d’Allier

 修道院のようなジットの一室で(カテドラルのすぐ横にあるので本当に修道院だったのかもしれない)、時が止まったような静寂に包まれながら眠った昨夜。ベッドが寝心地が良くて、寝袋も寒さから守ってくれて快適に休めた。

 今日からルピュイの道を歩く。今自分は若い頃から夢見て来た場所にいる。まるで映画「リミッツ・オブ・コントロール」の世界だ。強く、絶えずイメージし続けることによって、人はその場所へ実際に行くことができる。初めてスペインに旅行する前にその映画をよく見ていた。スペイン人とスペイン語も出てきたから、カミーノに行きたい欲を大いに刺激されたし、高そうなスーツを着こなし、黙ってカフェでエスプレッソを決まって二杯飲むミステリアスな主人公が魅力的だったのを覚えている。

誰もいない静かな食堂で朝食を。

 5時から支度を始めて、6時には食堂へ行った。廊下も食堂も真っ暗で、誰も起きている気配はなく、朝食を食べている間も誰もやって来なかった。食堂にはオスピタレアが食べ物や飲み物を用意してくれていて、それらをありがたくいただいた。パンにクラッカー、ジャム、バター、ヨーグルトにジュース。とても健康的でしっかりと満たされた。早朝まだ暗い中静かな食堂で一人で食べる朝食。僕はこの時間がとても好きだ。

オスピタレアが用意してくれていた朝食。巡礼が始まる。

 7時にジットを出発すると、カテドラルで行われるという朝のミサに参加したくてカテドラルの方へと歩き始めた。けれど、どこから入って良いか分からず大聖堂の周りを右往左往したりしていると、そこへ地元の女性がやってきて彼女もミサに出席するらしく、僕のことも教会へ招き入れてくれた。ありがたい。

 早朝の静かなカテドラルにはとても厳かな雰囲気が漂っていて、祈りに満ちているようだった。静けさとはこんなに居心地が良いものだったのだと感じた。ミサのために次々に現れたシスター達に促されるままに、半地下のような場所にある祭壇のある部屋へと通された。

早朝のルピュイの町を、カテドラルのミサに参加すべく歩き始めた。

 そこにはすでに何人かの人が着席していて、後から後から地元の人たちやシスター達がやってきた。僕は後方左側の席に壁に隠れるようにしてちょこんと座った。シーンと静まり返った室内、紫色の衣装を身にまとった体格の良い神父さんが登場した。シスターの一人が何やら準備している。ミサではいくつかの道具が何らかのために使われるらしい。準備の途中、シスターが2〜3人の参列者のところへ行き、何やら話をしていた。そしてミサが始まった。

 まず神父さんが本(多分聖書)を開いて何やら話し始めた。聖書の中から今日のための一節を詠みげているのだろうか。その神父さんの説教の間に、先ほどシスターに話しかけられた参列者のうちの一人が短い歌を歌った。彼女の声はとても清らかで、小鳥のようにとても軽やかで良く通った。その透き通った声が石造りの教会に響き渡った。その様子はまるでミュージカルのようだった。

 説教と歌のタイミングは全て段取りが決まっていて、ミサは滞りなく進んでいった。参列者で事前にシスターにお願いされていた人達は、登壇して聖書の一節を読み上げたり、神父さんが使う道具や食べる物、飲み物を準備したりしていた。時折全員で立ち上がって歌ったり「アーメン」と言って胸の前で十字を切ったが、僕には何のことやら全く分からず、何もしないのも気が引けるし、かと言ってただ真似をするのもどうかと思って、結果ただその場に所在なく立っていた。

 やがてミサ終盤になると、神父さんが盃に注がれた飲み物(ワイン?水?)をぐっと飲み干して、その後参列者達が神父さんの前に一列に並び始めた。そしてそれぞれ順番になると、神父さんに何かを渡されていた。それは白くて丸くて小さな煎餅のような物だった。そういえば、皆に配る前に壇上で神父さんはそれを口に含んでもぐもぐと食べていた。白い煎餅をもらった人達も神父さんのように、それを口に含んでもぐもぐしている。

 その場にいる全員が列に並ぼうとしている中で、僕だけ着席しているのは失礼に当たるのではないかと思い、迷った末に列に加わった。目が合ったシスター達は皆静かに微笑んでくれたので、それで良かったのだと思う。だが、実際何をどうしたら良いか分からなかったので、前の人達が何をしているのかを観察していた。

 どうやら神父さんから煎餅を受け取り、それを口に含み、祭壇の上に鎮座しているブラックマリア像に一礼すればいいらしい。そうしているうちに自分の順番がやってきた。いざ神父さんの前に進み出ると、神父さんは困った顔をして「君はどうしたものか?」というような仕草をした。後から考えたら、この状況は「ハリー・ポッター賢者の石」の中で、ハリーがグリフィンドールに振り分けられる前に組み分け帽がハリーをどのクラスに入れようか迷う面に似ていた。

 僕は「やば、やっぱり場違いだったのか?」と思い焦り始めた。すると神父さんは「君にこれ(白い煎餅)はあげられないが祝福しよう!」というようなことを言って、僕の頭に手を置いて短い祈りの言葉を唱えてくれた。その手はとても温かかった。僕はその時の温度を今でも思い出すことができる。

 僕は恥ずかしさと嬉しさでニコッと笑い「テヘヘ」と照れながら席へと戻った。シスター達は微笑んでくれていた。彼女らも祝福してくれているようで、それがまた温かかった。ルピュイのシスターは目を合わせるたびに微笑んでくれた。その度に僕は救われた気持ちになった。おそらく、僕がカソリック教徒ではないから白い煎餅がもらえなかったのだと思う。そしてミサは終わった。

 シスターも町の人達も見ず知らずのアジア人の僕にも笑顔をくれた。参加して良かった。いや参加して良かったんだと、皆がそう思わせてくれた。一人のシスターが近づいてきて、僕にこっちにおいで!と招いてくれた。カテドラルにある一番大きなブラックマリアの祭壇の前で巡礼者のためのミサをしてくれるらしい。

 先ほどのミサの途中で気づいたのだが、僕の少し後ろの席には、背が高く大きなリュックを背負った青年が座っていた。彼の旅の装いに十中八九巡礼者だろうと勘づいていたが、やはりそうだったらしい。今日ルピュイを出発する巡礼は(おそらく)僕ら二人だけでのようで、僕らの他に参加する巡礼はいなかった。僕らは祭壇の前に連れられていき、そこに集まってくれた神父さんと英語がペラペラなシスターが一人と、地元の男性が一人と女性が一人計4人に囲まれてミサをあげてもらった。

 神父さんが祝福の言葉をかけてくれて、シスターがカミーノに関する冊子と祈りの言葉が書かれたメッセージカード、それにホタテ貝をあしらった小さなキーホルダーをくれた。「ま、これはお土産みたいなものね!」と言っていた。

 彼女はとても英語が流暢で、巡礼をする際の心構えとして「Think ahead , Plan ahead .」が大切だと教えてくれた。「まずよく考えて、しっかりと計画を立てること」が大切らしい。どちらも僕に決定的に足りていないもので、早いうちに身につけなければならないものだった。彼女の言葉はとても示唆に富んでいた。

 男性と女性は親身になって、具体的なルートと序盤の工程について教えてくれた。話によれば、序盤はしばらく上りが続くそうだ。何はともあれ、僕とドイツ人青年のマイケルはミサをあげてくれた四人に見送られながら、祭壇に感謝を捧げて歩き始めた。

これからどんな冒険が僕らを待ち受けているのだろう。

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