『旅の始まり〜僕を呼ぶ声〜』
6月21日 A Pena → Santiago de Compostela 30km
同室の巡礼達は年配の人が多く、彼らは昨晩食堂でワイワイ楽しそうに食べたり、飲んだりしていた。なので今日は宴の疲れがずっしりと残っていそうなものだが、僕が起きたときには皆出発した後で、誰一人いなかった。
欧米の人達のメリハリにはいつも驚かされる。楽しむときは思う存分食べて飲んで楽しんで、翌日にはシャキッと切り替えて歩く。僕にはとても真似できない。
今日はサンティアゴの手前の村まで歩くつもりでいた。翌朝サンティアゴへ着き、そのままバスで空港へ向かおうという計画だ。少し慌ただしくなるかもしれないが、最後の最後までカミーノを歩いていたかった。
支度を終えると、アルベルゲ併設のバルで朝食を食べた。昨日知り合ったフランス人夫妻と笑顔で挨拶を交わし、アルベルゲを出発。
昨日までの道と違い、今日は巡礼路がわかりやすかった。矢印が増えたのもそうだが、フィステーラとムシアを目指す巡礼達が向こうからひっきりなしにやってくるので、彼らを辿れば正しい道を歩くことができた。
カミーノを逆から歩くと気づくことも多い。行きにうんざりするほど見かけたアルベルゲの広告も逆からだと見なくて済む。それに一度歩いた道でも、逆から見ると全く違った景色のようで、本当に数日前にそこを歩いたのかどうか、思い出せないことも多かった。だが、「記憶に残らないものは残らない」それでいいのかもしれない。
ネグレイラのスーパーで食料を買い込み、町中を歩いているとゴンサロから連絡があった。彼はブルゴスの自宅へ無事に帰り着いたらしい。
カミーノを終えて自宅に帰り着いたとき、僕は一体どういう気持ちになるのだろう。今はまだ上手く想像できない。
ネグレイラを出て、ポンテ・マ・セイラに辿り着くと昼食を食べることにした。橋のたもとの教会前のベンチに腰かけ、ポンテ・マ・セイラに架かる美しい橋と、その下をとうとうと流れる川を見ながら昼食を食べた。
晴天に加えて、川と橋とのどかな村の雰囲気はボガディージョとヨーグルトの質素な昼食を格別に美味しくしてくれた。
食事を終えて村の景色を眺めていると、一匹のシェパード犬が橋をトコトコ渡ってやってきた。犬は、僕の足元まで来るとその場に座り込んだ。とても人懐っこくて、おとなしい犬でそこから動こうとしない。犬を撫でると幸せな気分になった。
犬は僕の食べ物が入っていた袋をクンクン嗅いだり、鼻でごそごそとつつき始めた。お腹が空いているのだろうと思ったが、あいにく手持ちの食料は食べ切ってしまい、犬にあげられるものは何一つ持っていなかった。
川に足を浸してリフレッシュしようと思い、橋の下の川へ降りていくと、犬もついてきた。何をするかと思えば、犬は川の水をペロペロと舐めたり、川辺の木の枝を引っ張ってきてガジガジとかじったりしていた。犬が川に落ちないか心配になり、川で休憩はせずに橋の方へ戻ることにした。犬もやはりついてきた。
犬は相当腹ペコなようだったので、村のバルで何か買って食べさせようと思ったのだが、あいにくバルは閉まっていた。だが、バルを覗き込んでいるうちに犬もまたどこかへ行ってしまった。束の間の時間だったがとても素敵な出会いだった。
ポンテ・マ・セイラで川と橋と犬に癒された僕は、再び元気を取り戻して歩き出した。
しばらく歩いていると、これからフィステーラへと向かう日本人三人組に出会った。サトウさん、サイトウさん、イチカワさんの三人は、皆若く明るく気持ちの良い人達だった。
お互いに簡単な自己紹介をすると、カミーノについて話したりフィステーラとムシアの情報を交換した。しばらくの間楽しくおしゃべりさせてもらう中で、彼らがとても良い顔をしていることにきづいた。活き活きとしているというか、全身からカミーノを歩く喜びが溢れ出していた。フィステーラ、ムシアに行くこと(泳ぐことも)をとても楽しみにしているようだった。
サンティアゴを目指していた時の僕も彼らのような眩しさを放っていたのだろうか。僕のカミーノに対する興奮は次第に落ち着いてきていて、彼らの天真爛漫さと僕の今の心境とのギャップを感じさせられた。だが久しぶりに日本語を話せて嬉しかった。
彼らと別れると再び歩き出した。今日はサンティアゴの手前で一泊する予定だったが、どの村にも立ち止まる気になれず、どんどん先へと歩き続けた。適当なアルベルゲが見つからなかったということもある。
カステージョの交通量の多い車道の脇を歩いていたとき、後ろからやってきた一台の車が、僕を追い越したところで停車した。すると車からスペイン人のおじさんが降りてきて、僕に近づいてきた。「な、何事だ…!」と身構える。するとおじさんは、
「カミーノは逆だよ!戻って右に曲がるんだ!」
と教えてくれた。どうやら彼は僕がこれからフィステーラ、ムシアへと向かう巡礼だと勘違いして、正しい道を教えにきてくれたらしい。
僕は、自分がサンティアゴに向かっていることを説明した。すると、
「そうなのかい?だとしても巡礼路はもう一つ下の道だよ!」
と教えてくれた。僕はどちらにせよ道を間違っていたらしい。
なんと心優しい人なのだろう!見ず知らずの巡礼を心配して、他のドライバーのパッシングを浴びながら、交通量の多い車道に車を停めて、わざわざ助けにきてくれたのだ。僕は彼に感謝した。
ここにきて確信したことは、一人一人のスペイン人の親切の中に、聖ヤコブは今も生きているということだ。これまでのカミーノで、”人”以上に僕を感動させたものはなかった。
立派な大聖堂も、美味しい料理も、数々の絶景も、一人の人間の親切には及ばない。僕は本当の教会は人の心の中にあるような気がする。道を教えてくれたドライバーのおじさんに何度もお礼を言った。彼の人生に幸多かれと願って。
その出来事は僕をとても幸せな気分にさせてくれた。思えば最近幸せな気分になることが多い。サンティアゴまでの距離は残りわずかなものになっていた。前回通った道も段々と思い出してきた。「もうここまで来たら今日中にサンティアゴ入りしよう」と予定を変更して歩き続けた。
サンティアゴ・デ・コンポステーラ入り口付近の森の道を歩いていると、自転車で移動しながら巡礼路に落ちている枯れ木などを撤去しているおじさんを見かけた。ボランティアなのか仕事としてやっているのかはわからなかったが、彼のような人のおかげで、日々安全に巡礼路を歩けることに違いはない。
巡礼路の維持管理をしている人を見かけたのは、彼が初めてだったが、僕が知らないだけで数多くのスペイン人達が、日夜巡礼者のために巡礼路の維持管理を行なってくれているのだと思う。彼らのおかげで僕らは巡礼ができて、巡礼者でいられるのだ。そのことに感謝の念が湧いた。なので自転車のおじさんに
「グラシアス!」
と言うと、彼はニッコリと笑ってくれた。
2度目のサンティアゴ到着。休むことなく、大聖堂前のオブラドイロ広場まで進んだ。だが2度目のサンティアゴ到着は何だか物足りなかった。二度目だからということももちろんあるが、そこに友達がいないことが一番の理由だった。
それでも、僕の周りには喜びと感動に満ち溢れた巡礼達がいて、彼らを見ていると僕も幸せな気分になれた。きっと喜びや感動は分かちあうために与えられたに違いない。
それが、たとえ
「すいません、僕らの写真を撮ってもらえませんか?」
という小さな頼みごとであっても、「待ってました!」と言わんばかりに快諾し、ほんの一瞬彼らとその喜びを共有させてもらう。すると心から満たされた気分になれた。写真のお願いにも感謝だ。
しばらくの間、広場に寝っ転がって巡礼達や大聖堂や空を眺めていた。満足いくまで眺めると、そろそろ宿を確保しようと新市街の方へ歩き出した。その途中ふと思いついて、観光案内所に立ち寄り、
「サンティアゴ・コンポステーラ空港まで、ここから歩いて行けますか?」
と尋ねてみた。受付のおじさんには、
「そんなこと聞かれたのは初めてだよ!空港自体はここから10kmほどの距離だが道はわからない。」
とやや困った様子で答えた。
だが彼は親切にも空港へのルートを調べてくれて、
「ラバコージャの村まで戻ると、そこに空港へ行く道があるはずだ!」
と教えてくれた。
おじさんにお礼を言って案内所を後にすると、アルベルゲを探し始めた。1軒目は前回満室で泊まれなかったアルベルゲPort Realを訪ねた。そこのオスピタレオに「次回はここに泊まります!」と伝えていたからだ。
だが今回もアルベルゲの入口には”満室”と書かれた札が出ていた。本当に人気のあるアルベルゲらしい。立地は良いし、オスピタレオは親切だし、入口からして雰囲気の良いアルベルゲだからそれも頷ける。
今回もMonterreyへ行ってみると、無事にベッドを確保することができた。このアルベルゲの居心地の良さと、オスピタレオのホスピタリティーを知っていた僕には、2軒目に他のアルベルゲを探す選択肢はなかった。
荷を下ろすと、お腹が空いてきたので腹ごしらえに出かけることにした。セルバンテス広場にあるCasa Manoloは、巡礼達の間でも人気があり、有名なレストランだとハビエルから教えてもらっていた。1度目のサンティアゴ到着の時に勧めてもらっていたのだが、タイミングが合わずに行けなかったので今回行ってみることにした。
レストランのオープン時間になるまで付近を散歩してから、時間になって店に行ってみると、入口には行列ができていた。予約客から中へ通されていったが、飛び込み客の列に並んだ僕はそこで30分待つことになった。店は大繁盛していて、店内は満席のようだった。間違いなく超人気店だ。
列に並んで待っていると、僕の後ろに並んでいるグループが日本人だということに気がついた。今日は日本の人達によく会う。列が前に進む間、彼らの話を聞くことになった。誤解しないで欲しい、別に耳をそばだてて聞いていたわけではない。ただ逃れる術がなかっただけだ。
そのグループは偶然サンティアゴで出会った人達の集まりのようだった。グループの中に世界一周旅行中の若者がいて、延々と自分と自分の旅のことを話していた。
それはまるで止まり方を知らない機関車のようで、傍らには困ったように「へえ、そうなんだ。」「すごいね。」と相槌する大人達がいる、という感じだった。彼らはこの後、果たして美味しく夕食を食べれるのだろうかと心配になった。余計なお世話だと思うけど。
これは自分に対しての戒めのように思えた。いくら世界を見てきても、どれだけの国を渡り歩いても、カミーノを何百km歩こうと、今目の前にいる人の気持ちがきちんと見えないのなら、その人達を大切にできないのなら旅の経験に一体何の価値があるというのだろう。
店内に目を向けると、レストランの店員さん達は店の中を目まぐるしいスピードで動き回っていた。こちらはまるで超高速の精密機械のようだった。一秒のロスも許されないかのように、厨房と客席を行ったり来たりしている。
厨房という心臓から、血液である料理をテーブルに送り出し、注文と皿を回収してまた厨房へと戻る。その絶え間なく、忙しない機械的運動を見ていて、「もう帰りたい」と何度も思った僕だったが、ハビエルに何か感想でも伝えられたらと思い踏み止まった。
ようやく僕らの順番になった。早口の店員さんが、僕を含む20人ほどの飛び込み客を半地下の席に案内してくれた。これから遊園地のアトラクションにでも乗るかのようなワクワクした気分になった。
すでに店内の忙しなさにすっかり参ってしまっていた僕は、注文を取りに来てくれた店員さんに白ワインだけ注文した。それだけ飲んで早めに帰ろうと思ったのだ。やや嫌な顔をされたが、それは当然の反応だと思う。
ホールの女性は、僕ら約20人分の注文を一気に取ると、各テーブルからメニューをささっと回収し、キッチンへオーダーを通すために階段をタタタッと駆け上がって行った。僕が見る限り、店内に歩いている店員んさんはおらず、皆ほとんど駆け足だった。
すると間もなく、若いお兄さん達が両手に持つお盆に料理を乗せて階段を駆け下りて来た。何から何まで速い!そして手に持った皿を各テーブルに正確に配っていく。先ほどの注文を取りに来てくれた店員さんといい、彼らの持つ高度に洗練されたプロの技術に、僕はとても驚かされた。彼らはウエイターというより、もうアスリートか職人だった。彼らの素晴らしい仕事を見られただけで、僕は来て良かったと感じた。
白ワインをちびちび飲みながら、周りの人々を観察するのは楽しかった。途中、近くを通りがかった店員のお兄さんに、
「何か食べないの?」
と聞かれたので、
「食べない!」
と答えると、お兄さんはニッコリと笑い、親指を立てグーサインを出した。『それもありだよ!楽しんで!』という意味だと解釈した。
白ワインを飲み干すと、会計をするために一階へ上がった。レジの前で待っていたが、僕に気づいた店員さんも忙しすぎてなかなかこちらへ来てはくれなかった。ようやく来てくれた店員さんは、最初に注文を取ってくれた店員さんだった。
注文を取ってくれたときは、僕の白ワインのみの注文に少々不機嫌そうな表情だったが、最後は素敵な笑顔を見せてくれた。僕は店を出てから、彼らの料理を食べなかったことを少し後悔した。ウエイターさん達がそうなのだから、Casa Manoloは料理も一流だったに違いない。
アルベルゲへの帰り道に食料を買って帰った。Manoloの過密で忙しない空間で過ごした後だと、スーパーの店内は公園のようにのびのびできて平和に感じた。
最近お酒はほとんど飲まなくなっていた僕は、久々のワインで酔っ払っていた。アルベルゲに帰り着くと、ふらふらしながら夕食を食べ、シャワーを浴びた。
何だか情けない自分の姿を見たとき、「カミーノは今日で終わりだ」と考えている自分がいることに気がついた。明日から黄色い矢印は僕を導かない、その代わり、僕は自分の心の声に従って生きていかなければならない。
心の声のする方に進み続ける限り巡礼は終わらない。それは時に、周りの人達とは違う道かもしれない。誰かと同じ道、同じペースを強いられるかもしれない。だが、これからは自分の道を自分のペースで歩こう。
そこには高い山や泥んこ道や、峠や、霧が待っているかもしれない。けれど、きっと胸踊る冒険や素敵な体験、そして何より最高の仲間との出会いがあるに違いない。
本当の意味で人生を生きるのだ。カミーノがそうであるように。
僕を呼ぶ声がする。それはまだ見ぬ友の声であり、冒険であり、大いなる存在そのものの声だ。
シャワーを浴びると、さっと寝袋に包まって休んだ。
「さて、明日はどこまで歩こうか?」
本日のアルベルゲ
Albergue Monterrey(Santiago de Compostela)
Tel : (+34) 655 484 299 / (+34) 881 125 093
Email : alberguemonterrey@gmail.com
私営アルベルゲ
開業日時:3月15日〜11月15日 9時〜20時
予約可
・宿代 14〜18€(時期と滞在期間によって変わります)
・ベッド数 36
・ダイニングルーム
・冷蔵庫 2
・シャワー室 4(タオル有)
・お湯
・洗濯場
・物干し綱
・洗濯機
・鍵付きロッカー
・コンセント
・薬箱
・Wi-Fi
・公衆電話
・駐輪場
本日の支出
項目 | € |
クロワッサン、コーヒー | 3.7 |
コーヒー | 1.1 |
昼食 | 2.45 |
宿代 | 12 |
寄付 | 1 |
水 | 0.35 |
ワイン | 1.8 |
食材 | 3.74 |
合計 | 26.14 |
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