【サンティアゴ巡礼】フランス人の道 – 44日目 –

サンティアゴ巡礼記

『夕日に祈りを〜進み続けること〜』
6月18日 Muxia 0km

 遅い起床の後、持ち物の整理をして、ヨーグルトの朝食を済ませた後、今日もオスピタレアに延泊をお願いした。今日は雨の予報だったが、幸いまだ雨は降り出していなかった。ベッドの上で少し日記をつけると、ぶらりと散歩に出かけることにした。

 村の中心部へ歩いていくと、何やら賑やかな雰囲気が漂っていた。今日はどうやら路上マーケットをやっているらしい。村のメインストリートにはたくさんの店が建ち並んでいて、野菜、果物に魚、服や靴なども売られている。村人はもちろん、巡礼達も買い物を楽しんでいた。

路上マーケット。活気があり、店々を物色して歩くのは楽しかった。

 フィステーラではできなかった海水浴を、ここムシアで決行しようと画策していた僕は、海水パンツを求めて路上の服屋をのぞいてみた。しばらく海水パンツを探してみたが、ついに気に入るものを見つけることはできず「もうこうなったらパンツ一丁で泳ぐしかない」と静かに腹を括り店を後にした。

 海パンは見つからなかったが、新鮮な食べ物はたくさん見つけることができた。果物屋で、オレンジ、洋梨、モモ、チェリーを購入。それらを一旦アルベルゲに置きに戻ると、雨の中傘を差してバルカ教会へ行ってみた。

 岩山の上から見るケルト海は今日も広かった。海辺のバルカ教会は観光客に囲まれながらも威厳を放ってそこに建っていた。小雨を傘で受けながら、海と人とバルカ教会をしばらく眺めていた。こんなに毎日毎日ただただ海を眺めるのは人生で初めてかもしれない。水平線の向こうを見つめていると、頭の中の雑念は次第に消えていった。

ケルト海は広くて、意識は水平線まで伸びていく。

 次第に雨風が強くなってきたので、アルベルゲへ一時退却することにした。だが、アルベルゲに戻った僕には何か変な勢いがついていて、意を決して海水浴に行ってみることにした。

 支度をしてアルベルゲを出ると、一昨日ムシア到着前に見かけた綺麗なビーチを目指して歩き始めた。だが、雨風はさらに強まり、歩いている時でさえぶるぶる震えるほどの寒さだった。

 「これは海水浴というより寒中水泳になるだろう…」そう考えただけで段々と最初の勢いは削がれ、ついには心も折れてアルベルゲへの戻ることにした「次の晴れ間に再度チャレンジすることにしよう。海水浴は晴れた日に限る!」そう自分を納得させながら歩いた。

 ほんの少し勇気を奮い立たせただけで何もしていないが、お腹の方はだいぶ空いてきたので、村のスーパーでおやつ用のナポリタナと、夕食用のパンとチーズを購入。その頃には雨は本格的に降り出していて、路上マーケットに出店していた店は、商品を濡らすまいと慌てて撤収しているところだった。

 食料の買い出しを終えて、アルベルゲへ遠回りしながら戻る途中、「ヒロ!」と声をかけられた。

 振り返ってみると、そこには韓国の友人スンフがいた。彼とはポタラの宿で会って以来、毎日のように道の上で挨拶を交わした仲だ。話を聞けば、彼も次のバスでサンティアゴまで行き、マドリッド経由で帰国するとのことだった。

 「とても寂しいよ。」と彼は言った。彼もやはりカミーノを去りがたいようだった。彼が帰ってしまうことは、僕にとっても悲しかった。スンフはいつも笑顔で冗談の好きな本当に良い人だった。

 二人で記念撮影をしてハグをすると、僕らはそこで別れた。”友がまた一人カミーノを去っていく”その事実は、モホンに刻まれた数字以上に、実際的に体感としてカミーノの終わりを僕に感じさせた。

丘の上からムシアを見下ろす。とても可愛らしい村だ。

 アルベルゲへ戻ると、ダイニングでナポリタナを食べた。向かいの席には60代ぐらいの女性巡礼が座っていて、ノートに何やら記録をつけているところだった。彼女にナポリタナを一つ勧め、少し話をさせてもらった。

 オランダから来たという彼女は、これが2回目の巡礼で、今回はポルトガルの道を歩いてムシアまでやって来たらしい。息子さんがインド人のお嫁さんをもらったそうで、インドにも二回行ったことがあり「北インドも南インドも素晴らしかったわ!」と教えてくれた。

 今回カミーノを歩くことになったきっかけについて尋ねると、
「1度目の巡礼を終えて帰った後、”また行かなきゃ行けない!”って気持ちになったの。」 
という風に教えてくれた。

 僕の友達のほとんどはカミーノを去った。自分もまもなく巡礼を終えることになる。僕は今回のカミーノで一体何を得たのだろう。自分に”2度目のカミーノ”は果たしてあるのだろうか。帰国後に「またカミーノを歩きたい!」という気持ちが湧いてくるのだろうか。今はまだわからない。

 「もう時間ね。」彼女は、先ほどのスンフ同様、次のバスに乗ってサンティアゴに向かう予定らしい。そしてスンフ同様、その声には寂しさが滲んでいた。

 アルベルゲからバス停までは少し歩かねばならないのだが、土砂降りの雨が弱まる気配はない。すると、外から戻って来たオスピタレア(娘)が女性に、「バス停まで送るから車に乗って!」と声をかけた。なんと気配りのあるアルベルゲなのだ。女性と握手をして別れた。彼女の他にもバスに乗る予定の巡礼が何人かいて、彼らもオスピタレア(娘)に車で送ってもらっていた。

 バックパックを背負った巡礼達は、それぞれオスピタレオファミリーに別れを告げて、静かにアルベルゲを出発して行った。彼らのその姿を見ていて、”あ、彼らは旅人なんだ”と感じた。

 当たり前の事実に、今さら何を感じたのかというと、僕はムシア到着と同時に、肉体的疲労と愛犬を失った精神的ショックから、歩くことを止め黄色い矢印を見るのも嫌になっていた。

 「カミーノは終わったんだ。歩くのは止めて、ムシアで残りの日数をのんびりと過ごそう」と考えていた。そのようにしてムシアの美しさと平穏の中に沈没していった。

 つまり、僕はもう巡礼でもなければ、旅人でもなくなっていた。これまで寝食を共にしてきた巡礼達を、今は自分とは別世界の人達として見ていた。それに気づいた時、心の中で何かが引っかかった。

ムシアには巨大な石がたくさんある。

 巡礼達を見送りナポリタナを食べ終えると、しばらく昼寝をした。長いこと寝て、起きたのは16時。ちょうど隣のベッドに韓国人らしいおじさんが到着したところだった。

 大雨の中をここまで歩くのは大変だっただろう、彼はびしょ濡れでとても疲れた様子だった。すると、オスピタレア(娘)がやって来て、早く靴が乾くようにと彼に新聞紙を渡していた。まあ、なんと気の利くアルベルゲなのだろう。

 ベッドでゴロゴロしているのがすごく勿体ないように思えてきて、出かけることにした。アルベルゲを出ると、雨は上がっていて、日の光も差していた。やはりお日様の光は温かくて気持ちが良い。

 雨上がりのムシアをあてどなく散歩した。そうしていると、村に満ちる海からのエネルギーを感じることができた。そしてこれからのことを考えた。僕のこの道は一体どこへ続いているのだろう。

 「明日ムシアを発とう」

 ふとそう思った。それと同時に「ああ、自分はまだ旅人であり、巡礼だったんだ」と改めて感じることができた。その気持ちに気づけた時、なぜか僕は安堵したのだった。先ほど心に引っかかっていたものはこれだったらしい。

旅は終わっていない。一度始めたことは最後までやり遂げなければならい。

 昨日カミーノに関する日本人の方のブログを拝見させてもらっていると

「進み続けることが巡礼の条件だ。」

という言葉に出会った。その言葉は僕の心にとても響いた。カミーノを終えても、僕らが進み続ける限り僕らは巡礼なのだと思う。進み続ける限りカミーノは続くのかもしれない。

 自分はこれまでもずっと巡礼であり、巡礼でなかったことはないし、僕が歩くのを止めない限り、これからもきっと巡礼であり続けるだろう。それは生きることそのもののように思えた。自分の進むべき道がうっすら見えたような気がした。

 アルベルゲへ戻ると、ボガディージョと果物の簡単な夕食を食べた。チェリーがたくさん余ったので、オスピタレア(娘)に勧めると、
「他の巡礼達が食べると思うから、テーブルの上に置いてて!」
と言われた。

 そのやりとりを見ていたオスピタレア(母)が何も言わずに親指を立ててグーサインを出した。「その心意気だ。」という意味だと受け取ることにした。

 僕が夕食を食べ終える頃、オスピタレアファミリーが帰り支度を始めた。アルベルゲは彼らの住居ではないらしい。明日はもう泊まらないし、朝も会えるかわからなかったので、

「ここはカミーノで泊まったアルベルゲの中で最高のアルベルゲでした!」

と彼らに伝えた。娘さんは喜んでくれて、父は笑顔で握手をしてくれて、母は再び無言でグーサインを出した。「ありがとう」という意味だと受け取った。

 どうか彼らにたくさん幸せが訪れますように。アルベルゲMuxia Mareがいつまでも繁盛しますように。

アルベルゲMuxia Mare。間違いなくカミーノで泊まった最高のアルベルゲの中の一つだ。

 夕食の片付けをしていると、食事をしていた韓国人の男の子が「もうすぐ日没の時間だよ!」と教えてくれた。急いで皿を洗うと、服を着込んで外へ出た。夕食中に降っていた雨は再び止んで、なんとか夕日が見られそうだった。

 一昨日夕日を見た公園には、続々と巡礼達が集まっていた。そして皆でその瞬間を待った。今日の空はほとんどが雲に覆われていたのだが、幸運にも水平線上の雲の切れ間から、美しい夕日が最後の一瞬だけ顔を出してくれた。その光景に、皆が息を呑む音が聞こえるようだった。僕らは一緒に夕日を見つめることで、共通の何かに祈りを捧げているような気がした。

 「明日からまた歩き出せる。この先もきっと大丈夫」その最後の光が海の向こうに消えるまで、僕はそう祈り続けた。 

本日のアルベルゲ

Muxía Mare(Muxia)

 私営アルベルゲ
 開業日時:年中無休 12時〜22時

 ・宿代
   ドミトリー  13〜14€
   ダブルルーム 40€

 
・ベッド数 16

 ・キッチン
 ・ダイニングルーム
 ・シャワー室
 ・暖房設備
 ・タオル
 ・お湯
 ・洗濯場
 ・洗濯機(洗濯3€、乾燥3€)
 ・鍵付きロッカー
 ・コンセント
 ・Wi-Fi
 ・駐輪場

本日の支出

項目
果物1.77
パン、チーズ2.29
パスタ、ソース1.45
宿代12
合計17.51
2,189円(1€=125円)

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