【サンティアゴ巡礼】フランス人の道 – 38日目 –

サンティアゴ巡礼記

『雨上がりのサンティアゴ』
6月12日 Santiago de Compostela 0km

 身体はもうボロボロだった。歩けるような状態でないことは、起きてすぐにわかった。

 無事にサンティアゴに到着して友人達に再会できたのは良かったが、昨日41キロ歩いた分のダメージは予想以上だった。なんとかベッドを這い出ると、オスピタレオに延泊をお願いした。これまでの”止むを得ない場合を除き、同じ村や町に連泊はできない”というルールも、一旦サンティアゴに到着すると解除されるらしい。

 シャワーと洗濯をすると気分も幾分ましになり、散歩がてら大聖堂へ行ってみることにした。「もしかしたらオンニ達に会えるかもしれない」という期待もあった。以前に彼女達と
「6月12日にサンティアゴで会いましょう!」
と約束を交わしていた。

 アルベルゲを出て旧市街の方へ歩いている途中、台湾人のフィビさんに再会した。彼女はすでにフィステーラとムシアまで行ってサンティアゴに帰ってきたらしい。とても元気そうで、改めて彼女の健脚ぶりには驚かされた。フィステーラとムシアについて話す彼女はとても晴れやかな表情をしていた。彼女に限らず、サンティアゴに到着した巡礼達は皆、まるで憑き物が落ちて浄化されたかのように爽やかだった。

 フィビさんは僕にフィステーラのおすすめアルベルゲを教えてくれた。彼女と話していると、今度はハビエルとマリオのスペイン人祖父孫コンビが現れた。彼らは大聖堂の近くの宿に泊まっているらしく、大聖堂まで一緒に歩いて向かうことになった。フィビさんと話せたのはそれが最後だった。

 ハビエル、マリオと旧市街を歩きながら色々と話をした。ハビエルが親切にもオススメのレストランなどを教えてくれた。後で会う約束をすると、宿へ戻る彼らと別れ、僕は大聖堂前のオブラドイロ広場へと向かった。

 広場は朝から大勢の巡礼達で賑わっていた。巡礼達はサンティアゴ到着に歓喜し、喜びを分かち合い、互いを讃え合い、感動的な瞬間を噛み締めているようだった。広場ではピエロスのアルベルゲで一緒だったフランス人のナビリ夫妻とも再会できた。彼らは今日この後帰国するらしい。大聖堂を見つめる彼らの表情には、達成感と共に寂しさのようなものが漂っているように感じた。それは旅の終わりの寂しさだったかもしれない。こうして一人また一人とカミーノから去っていくのだと思うと、僕も少し悲しい気持ちになった。

オブラドイロ広場は今日も巡礼達で溢れている。

 広場でオンニ達の姿を探したが、なかなか見つからない。まだ早朝と言っていい時間帯だったので、彼女達はまだ到着していないのかもしれない。広場の隅に腰を下ろすと、先ほど買い込んだナポリタナとクッキーを食べながら、のんびり待つことにした。

 今日の広場には観光ツアーの団体客だったり、課外授業に訪れた学生達のような集団もいた。カミーノを歩こうかが歩くまいが、ここは聖ヤコブが眠るまぎれもない聖地であり、大聖堂とそれを取り巻くサンティアゴの街には多くの人が訪れている。

 しばらく待ってもオンニ達は現れなかった。次第に到着する巡礼も増えてきたので、混む前に巡礼事務所で巡礼証明書をもらおうと思い、ひとまず広場を後にした。

 早朝の巡礼事務所にはすでに長蛇の列ができていたが、昨日よりも列は短かかったのでラッキーだったのかもしれない。少しずつ前進する列に並び、今か今かと受付の順番を待っていると、別室のドアの前にいるハビエルとマリオを発見。

巡礼証明書をもらうため、巡礼事務所の受付に並ぶ巡礼達。これでもまだ少ない方らしい。

 彼らに何をしているのか尋ねると、
「私達はこれから、サンティアゴで二番目に偉い司祭と会う予定なんだ。彼は知人でね。」
とハビエルが教えてくれた。サンティアゴで二番目に偉い司祭は会おうと思って会える人ではないはずだ。ハビエルは一体何者なのだろう。

 ハビエルはそこで僕に、証明書を発行してもらう際の手順を説明してくれて、いくつかアドバイスもくれた。彼が何者であろうと、すごく大らかで優しく、面倒見の良い人であるということだけは間違いない。そしてそれだけ知っていれば充分なのだと思う。

 待つこと40分、ようやく自分の番が回ってきた。受付のデスクがある部屋へ通されると、いくつかある受付の一つに案内された。書類に必要事項を記入し、スタッフの女性と簡単なやり取りをすると、無事に証明書を発行してもらうことができた。ハビエルのアドバイスに従い、証明書を入れる筒も購入。これは証明書がバックパックの中でクシャクシャになるのを防ぐのに大いに活躍してくれた。

 証明書を手にして巡礼事務所を出ると、今度はパタゴニアのおじさんとマンハリン以来の再会を果たした。彼はまだ到着していない彼のタンゴパートナーを待っているところらしい。

「しばらく一緒に街を歩こう。」
彼に誘われ、二人で大聖堂の付近をぶらぶらと散歩した。彼は昨日大聖堂近くの教会でミサに参加した時に、無事サンティアゴに到着した巡礼の一人として名前を読み上げてもらったらしい。そのことについて、
「すごく光栄なことだった。」
と話してくれた。いつも陽気な彼だったが、その時は感慨深そうにしんみりとしていた。

 ガイドブックによれば、大聖堂において毎日正午から巡礼者のためのミサが執り行われ、その日の午前11時までにサンティアゴに到着し、巡礼証明書を手にした人達の出発地、出身地、人数が読み上げられ、祝福を受ける。詳しい経緯はわからないが、彼は大聖堂ではなくその付近にある別の教会のミサに参加したらしい。昨日は彼の身内の命日でもあり、彼にとって特別な1日になったと話してくれた。
「もうすぐミサの時間だ。君も参加してみるかい?」
と彼に言われ、これも経験だと思い参加してみることにした。

 彼が昨日ミサに参加したという教会は巡礼事務所の近くにあった。だが教会の入口まで辿り着いたところで問題が発生。パタゴニアのおじさんが教会の入口で警備員に止められたのだ。詳しいことはわからないが、原因はどうやら彼が背負っていた大きなバッグパックにあるらしかった。

「君はミサに参加してくるといい。私はタンゴパートナーと連絡を取ってみるよ。」
そう言う彼と別れ、僕は薄暗い教会の中へと入った。

 教会の中では、中央の祭壇で神父さんが説教をしている最中だった。大勢の人達が参列し、神父さんの話に静かに聞き入っていた。スペイン語が理解できない僕は、神父さんの話が一言も理解できず、ただ隅の方でじっとしていた。

 だが昨日からの体調不良と慣れない雰囲気、それに教会の中の寒さで気分が悪くなり、ついには地べたに座り込んだ。参列者が神父さんの言葉を高らかに復唱し始めたところで限界を感じ、教会を抜け出した。

 外は明るく、温かく、全てが新鮮に感じられた。しばらく教会の外の階段に腰を下ろしていると段々気分も良くなってきた。人には厳かな場所も必要なのかもしれないが、「やっぱり自分は自然の中が一番心地良い」と改めて思うのであった。

サンティアゴの旧市街はどこを見ても絵になる。

 気分もすっかり良くなると、オブラドイロ広場に戻りオンニ達を探すことにした。しばらく広場をうろうろして探してみたが、結局今回も彼女らを見つけることはできなかった。すれ違っているだけならいい、彼女らが無事に到着していることを願うばかりだった。

 少し疲れてきたので昼食を買い込んでアルベルゲへ戻ることにした。アルベルゲへ戻りキッチンで簡単な昼食を食べ終えた後は、もう散歩に出かける気力も残っておらず、ハビエル達との約束の時間までベッドで横になっていた。

 ハビエル達との約束の時間が近づいてきたので、ベッドから這い出て準備を始めた。すごく疲れていて、気合いを入れなければ身支度を調えるのも辛い。

 アルベルゲを出発しようとしたところで雨が降っていることに気がついた。僕が入口で立ち往生していると、それを見ていたらしいオスピタレオが、親切にも傘を貸してくれた。彼の優しさが疲れ切っている今の自分にはとてもありがたかった。

 ハビエルとマリオの泊まっている宿は大聖堂近くの立派なホテルで、僕らはそのホテルで20時に待ち合わせをしていた。20時前にホテルに到着すると、丁度買い物から帰ってきた二人と合流。彼らの好意で、ホテルの中と彼らの宿泊している部屋を見させてもらうことになった。

一体これらの建物は何百年前からあるのだろう。

 彼らの泊まるホテルは、どこをとってもエレガントで素敵なホテルだった。ホテルはかつて神学校として使われていたらしく、その厳かさは今もなおホテルの一部として残っているように感じた。高級で厳かな雰囲気に慣れていない僕はずっとそわそわしっぱなしだった。

 ホテルの中を少し見学した後、彼らの部屋に招かれた。そこで彼らから『SANTIAGO2019』と書かれたマグネットをプレゼントしてもらった。思わぬ贈り物にとても嬉しい気持ちになり、彼ら二人との思い出と共にずっと大切にしようと思った。

 ホテルを一通り見せてもらうと、三人でサンティアゴの街に散歩に出かけた。20時といってもまだまだ明るいサンティアゴの街を、バルや土産屋を覗きながらぶらぶらと歩く。

 博識なハビエルは、サンティアゴの街についての興味深い話を色々聞かせてくれた。歴史あるレストランやバルを、中にまで入って詳しく説明してくれて、おまけにタベルナと呼ばれる昔ながらの居酒屋でご飯をおごってくれた。彼の面倒見の良さには本当に感服してしまう。

 英語を勉強中だというマリオと、同じく英語を勉強中の僕は「これも経験!」というハビエルの指導のもと、拙くとも積極的に英語で話をした。僕らはフットボールの話で盛り上がった。何せここはスペイン、世界に誇るサッカー文化がこの国にはある。
「来年日本に行くかもしれない。」
そうマリオが教えてくれた。彼らとまた会いたい。心からそう思った。

サンティアゴの裏通り。やはり絵になる。

大聖堂の周りをぐるりと散歩し終えると、セルバンテス広場が僕らの別れの場所になった。

 最後にマリオと写真を撮った。ささやかだけれど、自分なりの感謝の気持ちとして彼らにテンプル騎士団のバッジを渡した。バッジを渡した時にハビエルから、

「君はテンプル騎士団と何か関係があるのか?」

と真剣な表情で問われて焦った。前回のテンプル騎士団の守護霊の一件のことを思い出したからだ。

「これはどこにでも売ってる土産物だよ!」

と説明したが、彼は何か疑わしそうな目で僕を見ていた。

 そして別れの時がきた。彼らには本当にたくさん親切にしてもらった。僕はそれに対して何もお返しできていない気がする。彼らには幸せな人生を送って欲しい、ただそう願いつつ感謝の言葉を贈って僕らは別れた。

彼らと別れると、一人アルベルゲへと歩き始めた。

雨上がりのサンティアゴには、旅の終わりの匂いがした。

吹き抜ける風や、街の香りの中に、どこか物悲しさが漂っているように感じた。

サンティアゴの街角。

 ゴールである聖地”サンティアゴ・デ ・コンポステーラ”へ辿り着き、仲間達は一人また一人と去っていく。僕の旅もそろそろ終わりが近づいてきている。

 フィステーラ、それにムシアで僕は一体何を感じることになるのだろう。そこが僕の終着地点なのだろうか。

仲間達は日常の中へ、僕はさらに西へと歩き出す。

本日のアルベルゲ

Albergue Monterrey(Santiago de Compostela)

 Tel : (+34) 655 484 299 / (+34) 881 125 093
 Email : alberguemonterrey@gmail.com

 私営アルベルゲ
 開業日時:3月15日〜11月15日 9時〜20時
 予約可

 ・宿代 14〜18€(時期と滞在期間によって変わります、)

 
・ベッド数 36

 ・ダイニングルーム(電子レンジ2、コーヒーマシン、ケトルその他有り)
 ・冷蔵庫 2
 ・シャワー室 4(タオル有)
 ・お湯
 ・洗濯場
 ・物干し綱
 ・洗濯機(洗濯8€、乾燥8€、5kgまで可能)
 ・鍵付きロッカー
 ・コンセント
 ・薬箱
 ・Wi-Fi
 ・公衆電話
 ・駐輪場

本日の支出

項目
宿代13
コーヒー、ナポリタナ2
証明書を入れる筒5
エスプレッソ1
ATM手数料5
食材3.34
チェリー、モモ0.65
ティッシュ0.95
合計30.94
3,868円(1€=125円)

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