『優しさのボガディージョ〜幸せの黄色い矢印〜』
6月8日 San Mamede do Camino → Portomarin 22.4km
疲労のせいか、風邪をひいてしまったのか身体がとても重かった。その両方が原因だったかもしれない。
昨日は長い距離を、霧を振り払いながら、雨に濡れて、雪に降られ、雹に打たれて歩いたのだ。歩いている時には感じなかったが、身体はだいぶ無理をしていたらしい。
少しでも体力を回復させようと、今朝は遅い時間までベッドに横になっていた。他の巡礼達が旅立って行くと、そろそろ自分も起きなければと思い、身体に鞭を打ち、沼から這い出るようにベッドに身を起こした。
ノロノロと支度をし終えると、朝食を食べにダイニングルームへ移動した。昨夜の夕食には十数人が泊まっているようだったが、僕と一組のカップルを除いて皆出発してしまったようだ。
ダイニングのテーブルの上にはたくさんの食べ物が用意されていた。やがてカップルも出発しまうと広い部屋に一人きりになった。
スマホで音楽をかけてテンションを上げながら、ゆっくり時間をかけて朝食を食べた。そうしていると少しずつ気分も体調も良くなってきた。『気分の上がる音楽をかけてゆっくりと朝食を食べる』これはカミーノを歩く中で見つけた落ち込んだ時の僕の特効薬だ。ただし音楽をかけるのは一人の時にした方が良い。
社会生活の中では”時間をかけないこと”に価値があるとされるが、個人的には”良い時間を自分の中にゆっくりとしっかりと蓄積させること”の価値は計り知れないと思う。でないと、すぐに自分の心は迷子になってしまう。
すっかり朝食を満喫すると、ようやく元気が出てきた。だが朝食を満喫し過ぎたせいで、出発した時には9時を回っていた。今までで一番遅いスタートだ。(今考えればよく追い出されなかった)
幸い天気は良くなっていた。天気が良いと歩くこと自体がすごく楽しい。そういう風に感じられるのも、昨日の苦行のような1日があったおかげかもしれない。
急がず焦らずボチボチと歩いていると、風の音、鳥のさえずり、虫の鳴き声、それら道に溢れる自然の音が一緒に一つの歌を歌っているように聞こえた。昨日の悪天候を経験した後だと、お日様の光がより温かく感じられる。それが何よりありがたい。
少し歩くとサリアに到着。サリアは大きな街だったが、まだ朝方だったせいか人の喧騒はなく静かだった。
街の中を歩いていると、立ち止まっている高齢の夫婦の巡礼のそばを通り過ぎた。その際、夫婦の旦那さんが
「ちょっと待ちなさい。」
と僕を止めた。何事かと思ったら、
「君のサンダルがバックパックからズレ落ちそうになっているよ!」
と言って、サンダルを縛っているバックパックのバンドをキツく締め直してくれたのだった。
なんと親切な人なのだろう。朝からとても嬉しくて温かい気持ちになった。彼はすぐ目の前の人に親切にしてあげる準備がいつでもできているみたいだ。変に気負うことなく、当たり前であるかのように、それをさらりとやってのける。奥さんも傍で優しそうに微笑んでいた。「人としてこう在りたい」僕はそう思わされた。
サリアを出る前に、食料を調達するためスーパーに立ち寄った。パンが買いたかったので、店主のおばちゃんが立つレジの後ろのパンの棚を指差して
「パンをください!」
と頼むと、
「このパンは古いから止めた方がいい!」
と言って売ってくれなかった。僕は彼女の正直さにすっかり感心してしまった。
彼女にとって僕は見ず知らずの巡礼であり、これから先おそらくもう会うことはないだろう。知らんぷりして傷んだパンを売りつけることだってできたかもしれない、だが彼女の良心はそんなことを考えもしなかったようだ。彼女は、相手が誰であろうと良いパンしか売らないのだ。商売というより正売。「こう在りたい」僕はまたしてもそう思わされたのだった。
サリアを抜けると巡礼路は森の中へと続いていた。森と森の間にはいくつもの小さな村があり、森から森へ、村から村へと歩く道はとても気分が和むものだった。その小さな村々の中の一つ、レンテの村で休憩することにした。
ふらっと立ち寄ったバルは、おばあちゃんが一人で切り盛りしているらしい小さなお店だった。バックパックを下ろして席に着くと、コーヒーを頼んで日記を書き始めた。
途中でトイレに行きたくなり、バルの外トイレを探していると、テラスでご飯を食べていたスペイン人の家族が
「トイレならあそこだよ!」
と親切に場所を教えてくれた。
今日は朝からたくさんの人達に親切にしてもらっている。皆なんて温かい人達なんだろう。彼らの優しさは、まるで目に見えない黄色い矢印のように、僕をまっすぐ正しい方向に進ませてくれているような気がした。
バルで日記を書いていると、何だか先を急ぎたい気持ちになったので店を出た。目指す町ポルトマリンはまだ遠い。
サリアを出てもまだ体調不良を引きずっていたので、今日はぼちぼち歩くことにした。カミーノではゆっくり歩くと景色が変わる。日の温もり、風が肌に触れる感じ、僕が道を感じる瞬間だ。どこかへ向かっているということを忘れて、今目の前にある景色を楽しみ、歩くこと自体が気持ち良くなってくる。
朝アルベルゲを出発してから8時間弱、2度のバル休憩以外はひたすら歩き続けた。そしてようやくすぐそこにポルトマリンの町が見えると、最後は人家の敷地を突っ切るように通る狭い道を下り、ポルトマリンの町に到着した。
巨大な貯水池に浮かぶ町ポルトマリン。それは今までに見たどの町とも違っていた。貯水池には何艘ものヨットが浮かび、そこには町へと続く立派な橋が架かっていた。
長い橋を渡り、町の入口の急な階段を登り切るとポルトマリンの町へ足を踏み入れた。「いやはや今日も長い1日だった」と、すっかり気が抜けてしまいそうだったが、巡礼の1日はベッドを確保するまで終わらない。時刻は17時前だったので、早めに宿を見つける必要があった。
まずは、昨夜スペイン人祖父孫コンビのおじいちゃんハビエルが勧めてくれたアルベルゲへ行ってみることにした。彼らはすでにそこにいるに違いない。
しばらく町中を歩くと、目的のアルベルゲを見つけることができた。だが、アルベルゲの入口には、丁度到着したばかりらしい若者達がわんさかいて、入口を塞ぐように受付待ちをしていた。
彼らはまだ学生のようで、学校のクラスメイト達で歩いているグループのようだった。サリアからサンティアゴまでの100kmを週末を利用して歩く人も多いと聞くが、彼らもそうなのかもしれない。
今日巡礼路を歩いている時に、サリア以前とサリア以後では巡礼の数がかなり違うことに気がついた。サリアからの道中は巡礼が急増していたのだ。その中でも、若者や家族連れといった”グループの巡礼”が目立って増えた気がする。
受付の列に並ぶとかなり時間がかかりそうだったし、「今夜は若者達が修学旅行のようなテンションで枕投げなど始めやしないだろうか…」と要らぬ心配までしてしまい、結局他の宿を探すことにした。
アルベルゲのリストを眺めながら、手頃な価格で小規模な宿を探した結果、町の出口付近にあるR.P Alb Folgueiraへ行ってみることにした。
アルベルゲに辿り着くと受付に巡礼の列はなく、幸いベッドもすんなりと確保できた。そこは静かで居心地が良く、キッチンも付いているし、ゆっくりと過ごすには最適のアルベルゲだった。個人的にはこの宿が10€は安いと思う。無事にベッドも確保し終えると、とてもお腹が空いていたので食料を調達に町中へと出かけた。
空腹のあまり、もうボガディージョのことしか頭にないような状態で、町の小さなスーパーに入った。そこは老夫婦が経営しているらしいお店で、静かな店内で早速パンとチーズを買い求めた。
僕は単にパンとチーズを買おうとしただけだったが、おじさんは丁寧にチーズをスライスしてくれると、パンに切れ目を入れ、おじさん自らボガディージョを作ってくれた。おまけに最後は丁寧にラッピングまでしてくれた。
それは親切ずくしの今日一日を締めくくるような、最高に心温まる出来事だった。彼の優しさにすっかり感動しながら店を出ると、近くの公園でそのボガディージョにかぶりついた。
優しい人が作ってくれたから、優しい味のボガディージョになり、食べた僕もやはり優しい気持ちになる。美味しいものが食べたかったら、あるいは、美味しいものを誰かに食べさせたい時は、”どんな人がどのように作ったか”ということにもっと目を向けた方が良いのかもしれない。
いつもの数倍美味しい今日のボガディージョには、パンとチーズの間に人の優しさが挟まれているように感じた。
本日のアルベルゲ
Albergue Folgueira(Portomarin)
Tel : (+34) 982 545 166 / (+34) 659 445 651
Email : info@alberguefolgueira.com
私営アルベルゲ
年中無休 10時〜23時
予約可
・宿代 12€(毛布とシーツ代を含みます)
・ベッド数 32
・キッチン
・冷蔵庫
・ダイニングルーム
・シャワー室 5
・タオルのレンタルと販売をしています
・お湯
・暖房設備
・洗濯場
・物干し綱
・洗濯機(洗濯3€、乾燥4€)
・コンセント
・自販機
・コーヒーマシン
・Wi-Fi
・薬箱
・テラス
・駐輪場
本日の支出
項目 | € |
モモ、ヨーグルト | 0.82 |
コーヒー | 1.6 |
ナポリタナ | 1.5 |
宿代 | 10 |
ボガディージョ | 1.34 |
ペンダント | 3 |
合計 | 18.26 |
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