『僕らは一つ〜アントアンとインドの聖者〜』
6月4日 Cacabelos → Pieros 2.1km
同室の巡礼が朝早起きであることは、”早朝に叩き起こされる”というデメリットがある反面、彼らが一旦出発した後は”一人でゆっくり支度できる”というメリットもある。
相部屋になったおじさんは、まだ薄暗い早朝の時間帯に出発して行った。なので、プライベートルームと化した部屋でゆっくりと朝の時間を過ごすことができた。
1日をスタートさせる前の”一呼吸置く時間”の大切さを、最近身に染みて感じる。どういう気持ちで1日を始めるかで、その日の「正しい電車」に乗れるか、それとも「間違った電車」に乗ってしまうのかが決まる気がする。
慌ててバタバタしながら1日を始めてしまうと、大抵良いことはない。
時間をかけて支度を済ませると、アルベルゲを出発してのんびりと巡礼路を歩き始めた。登り坂になった車道沿いの道を歩いていると、次の村ピエロスにはすぐに到着した。
実はこの小さなピエロスの村こそ、昨日目指していた目的地だった。ピエロスを選んだ理由は、巡礼路で度々見かけたこの村のアルベルゲのポスターがなんとも自分好みの匂いを放っていたからだ。
巡礼路はピエロス村をかすめるように通っていて、村の横を通がかった際に、目当てとしていたアルベルゲの看板を見つけた。看板のすぐ近くには、巡礼のための休憩所も建っている。
アルベルゲ同様にその休憩所も気になったが、出発してまだ1時間も経っていないし、距離にして2.1kmは休むにしても、ましては泊まるにしては早すぎると思った。
「残念だが今回は縁がなかったのだ」と自分に言い聞かせて、アルベルゲと休憩所をそのまま通り過ぎようとした。ちょうどその時
「ハイ!ヒロサン!」
とどこからか僕を呼ぶ声がした。
振り返るとゴンサロがいた。彼は僕が今通り過ぎようとした休憩所の中から僕を呼び止めたのだった。どうやら今回は縁があったらしい。彼に勧められるがままに休憩所へ入り一休みすることにした。
中へ入ると、若くて優しそうなフランス人のお兄さんが笑顔で迎えてくれた。名前はアントアン。彼がこの場所の管理人らしい。フランス人の彼が、温かい心を持ちユーモアに溢れた人だということはすぐにわかった。
スペイン風古民家といった感じの休憩所には、テーブルとイスがいくつか置かれていて、ゴンサロの他に巡礼が一人休んでいた。その”アントアンのDonativo(寄付)スペース”(僕がそう勝手に名付けた)には、様々な種類の食べ物や飲み物が用意されていて、訪れた巡礼はそれらを好きなだけ食べたり飲んだりして良いらしい。
そしてもしその気があれば、場所の運営と次に訪れる巡礼の為に、気持ちの分だけ寄付をしていくという仕組みらしい。
歩いている間は空腹感を全く感じなかったのだが、荷を下ろすと急にお腹が空いてきた。朝食を食べようと皿にクッキーやパンを取ると、先客の巡礼のおじさんが
「ハーブティーはどう?」
とにこやかに勧めてくれた。彼に感謝してありがたく頂いた。
ここは何とも居心地が良い場所だった。そう感じたのはゴンサロも同じだったらしく、彼は6時半にカカベロスを出発してこの場所へやって来ると、かれこれ2時間もアントアンとおしゃべりしているということだった。
今日のゴンサロは、ジェウェンニロスで意気消沈していた昨日とは打って変わって元気になっていた。それに、アントアンのことを「ヨガと人生のマスターだ!」としきりに言っていた。
朝食を食べながらじっくり休憩所の中を観察してみると、カミーノ関連の物と同じぐらいかそれ以上に、インドや仏教、ヨガに関する物が多く飾られていることに気がついた。
休憩所にはインドの宗教音楽がBGMとしてが絶え間なく流れている。日本では敬遠されそうな宗教音楽も、この場所にあっては不思議と居心地の良さやリラックスした雰囲気を作るのに一役買っているように思えた。
休憩所に溢れる絵や言葉や音楽もさることながら、この場所に満ちる安らぎやポジティブなエネルギーの一番の源は、他でもないアントアン自身のようだった。彼と話していると気分が落ち着いてきて、次第に楽しい気持ちになってくる。それに、彼とは昔から友達だったと錯覚してしまうほどに親しさを感じる。彼の柔らかい雰囲気や献身的な仕事、優しさとユーモアに満ちた言葉に他の皆も何かを感じていているようだった。
彼と話をする中でアントアンは2年間インドにいたことがわかった。すると彼はおもむろに一冊の本を手に取ると僕に手渡した。
その本の表紙には穏やかな表情を浮かべた一人のインド人女性の写真が載っていた。その写真の女性は”アンマ”というインドの聖者だとアントアンが教えてくれた。
アントアンはインドにある彼女のアシュラムに滞在していたことがあるらしい。彼の話によればアンマはダルシャンと呼ばれるハグで何万人もの人々を癒していて、今も世界中の人々を癒し続けているという。
ハグを通して心が通じ合う瞬間をカミーノでこれまで何度も経験していたので、心からのハグで人々を癒すということは確かに効果的で素晴らしい方法かもしれないと思った。
それにしても、ハグする聖者とはどんな人なのだろう。アントアンに渡された本をパラパラめくっていると、本に挟まれた栞にこう書かれていた。
「特別に宗教的になる必要はない、あなたの中に神を感じること。全てはあなたの中にある。」
アントアンが
「興味があれば行ってみるといい。」
と言って、アンマのアシュラムの住所を紙に書いて渡してくれた。
ゴンサロがそろそろピエロスを出発するというので自分も一緒に発つことにした。だがアントアンともっと話がしたかった僕は、「昨日ここに泊まっていればな…」とすごく後ろ髪引かれる思いだった。
それでも、少しばかり寄付をしてアントアンに別れを告げると、ゴンサロと一緒に歩き出した。今日はまだ始まったばかりなのだ。
500mほど歩いたところで「何だか気分が乗らないな」と思いながら歩いていると、ゴンサロも
「何だかアントアンと別れるのは寂しいね。」
と呟いた。ゴンサロも同じように考えているのなら話は早い、
「引き返さない?」
と彼に尋ねると、
「引き返そう!」
と二つ返事。僕らはすぐに道を戻り始めた。
まさかもう一度カミーノバックをすることになるとは思いもよらなかった。だが僕らの足取りはとても軽くて二人で大笑いしながら来た道を逆走した。
ゴンサロはテンションが上がり過ぎて、クネクネと謎の踊り(日本でいうタコ踊りがそれに近い)を始めた。それは何の踊りかと尋ねると、
「わからない。僕はとても嬉しくなると身体が勝手に踊り始めるんだ!」
と彼は答えた。
前回のカミーノバックと同じように、先へ進む巡礼達に対面しながら
「ブエン・カミーノ!」
と挨拶して歩いた。少し驚かれたが、僕らの心のモホンはピエロスを指しているのだからしょうがない。
アントアンのDonativoスペースへ戻ってくると、状況が飲み込めないアントアンに
「ベッドは空いてる?」
と尋ねた。僕らがピエロスに泊まるために戻って来たのだと理解した彼は、改めて歓迎してくれると共に、
「ここはアルベルゲとは関係ないんだ。アルベルゲはここを少し下った所にあるよ!」
と教えてくれた。
アントアンの人柄に惹かれて戻って来たようなものだったので、彼がオスピタレオではないと知りとても残念だったが、何はともあれ教えてもらったアルベルゲへと向かった。
アルベルゲEl Serbal y La LunaはアントアンのDonativoスペースに負けず劣らず雰囲気の良い場所だった。アルベルゲのスタッフのお兄さん達も皆親切で優しい。
しかしまだ受付が始まる時間にはなっておらず、ベッドの予約をしてバックパックだけ置かせてもらうと、アントアンの所へ遊びに行った。
彼は笑顔で僕らを迎えてくれた。彼の心はいつもオープンで、どんなタイミングで行っても快く受け入れてくれた。その時間休憩所で休む巡礼はおらず、彼は再び舞い戻ってきた僕とゴンサロのために果物のスムージーを作ってくれた。
改めてアントアンとじっくり話す機会が持てたことが嬉しかった。まずは彼のこの休憩所ができるまでの経緯について尋ねてみた。
彼とこの場所との出会いは、彼が数年前に60日間をかけてカミーノを歩いた時だったらしい。カミーノを歩いていた彼は、歩く途中で足を痛めてしまい、数日間この村のアルベルゲに滞在しオーナー夫妻にお世話になった。
カミーノを無事に歩き終えた彼はフランスに帰国して、カミーノのことは特に考えることもなく暮らしていたらしいが、ある時にピーン!となのかシャキーン!となのか閃くことがあり、それまで忘れていたこの村のアルベルゲのビジョンが見えた。彼はすぐにアルベルゲのオーナー夫妻に連絡を取り、
「アルベルゲを手伝わせて欲しい!」と伝えた。
その時に「ピエロスに、今は使われていない廃屋がある。好きに使って良いから何か巡礼の役に立つことをしなさい。」
そう夫妻に言われたのが発端で休憩所を開いた。その場所こそ今僕らがいる休憩所だった。
彼は早速この村へやって来るとボロボロだった廃屋を改装し、今の居心地の良い休憩所に作り変えたのだった。その出来事があったのは割と最近で、この場所を始めたのは2週間前らしい。
休憩所の開け放たれた窓から道行く巡礼に「ブエン・カミーノ!」「ブエノス・ディアス!」と笑顔で挨拶をするアントアン。通り過ぎて行く巡礼が多い中、
「彼の笑顔を見てここに泊まるしかないと思った!」
という風に、僕とゴンサロのようにアントアンの不思議な魅力に惹かれるてやって来る人も中にはいた。
お腹が空いてくると、ゴンサロとカカベロスに昼食の買い出しに行くことにした。ピエロスにはどうやらお店がないらしい。
昨日の”チナおじさん”の一件で、まだカカベロスのスペイン人に対してビクビクしていた僕にとって、ゴンサロがいてくれることがとても心強かった。
何だか雨が降り出しそうな空模様の下、僕とゴンサロは朝来た道を戻ってカカベロスへと向かった。
町中を歩く時にはやはり緊張したし、何だか町の人々はギスギスしているようにも感じた。心が警戒していたからそう見えたのかもしれない。自分達の分の昼食とアントアンへのお土産にパンを購入、ゴンサロはカミーノで得たアイデアをまとめるためのノートも買っていた。
その帰り道に、僕は昨日受けた差別のことをゴンサロに話した。すると
「僕はかつて中国で働いていたことがあるが、外国人の僕はよく差別されていたよ。」
と話してくれた。
チナおじさんはアジア人を差別し、中国人は西洋人を差別していたのだ!これはもう両方が被害者であり、両方が加害者のようだ。そして、きっとそれは日本にもあるのだろう。
話題が話題だったせいか、話していると疲れて空腹になってきた。ゴンサロも
「何だか疲れたよ。とても空腹だ。」
と言ってパンをかじり出した。僕も黙ってパンをかじりながら歩いた。
そうして歩いていると、天気が崩れてきた。僕らは雨が降り出した雨に濡れながら、休憩所への道を急ぎ足で戻った。
二人共やや無口になりながらアントアンの休憩所に帰り着くと、ゴンサロがアントアンのDonativoスペースに買ってきたパンを寄付した。アントアンは喜んでくれて、
「食材を買い足してくれたのは、君達で3組目だ!」
と言った。どうやら彼のために何かしてあげたくなるのは僕らだけではなかったらしい。
お腹がペコペコだったので休憩所で昼食を食べさせてもらった。先に食べ終えたゴンサロは先ほど買ってきたノートを睨みながら何やら考え事を始めた。彼がカミーノで体験した様々な出来事を文字におこす作業をしているらしい。
アントアンはアントアンで、雨の当たらない軒下で何やら作業を始めた。気になって覗いてみると、彼は木彫りの像を彫っていた。それは大きくて丸みを帯びていて、僕にはそれが何の像だかわからなかった。
だいぶ前に彫り始めたらしいのだが、休憩所を開くまではあまり気が乗らず全然手をつけていなかったらしい。
「家にいるとなかなか彫る気になれないんだけど、カミーノにいるとインスピレーションが湧いてくるんだ!ここには創造的なエネルギーが満ちている。できればカミーノにいる間にこれを完成させたいと思ってるよ。」
そう言う彼は真剣な面持ちで像を彫っていた。
彼は休憩所の管理人であり、ヨギであり、さらには彫刻家でもあったのだ。僕はアントアンという人間にますます興味が湧いてきた。
昼食を食べ終えると14時を回っていた。雨に濡れて寒くなってきたので、アルベルゲへ移動して、シャワーを浴びることにした。
ベッドは予約していたので心配はしていなかったが、僕らが受付に行った時には何人かの巡礼がすでにベッドを確保していて、僕らの後からも続々と巡礼達がやって来た。
ここは人気のアルベルゲなのかもしれない。少し焦ったが、無事にベッドが確保できると、僕はシャワーを浴びて洗濯に取り掛かり、ゴンサロはアントアンの所へと再び出かけて行った。
日記を書いたり、昼寝をしたりして過ごした後、今日もゴンサロとヨガをする約束をしていたので、アルベルゲのメディテーションルームへと向かった。
ピエロスのアルベルゲEl Serbal y La Lunaでの受付の際に、施設内にメディテーションルームがあると聞いて、僕とゴンサロは歓声を上げた。外は雨が降っていて、近所には公園もなかったので、今日はヨガができるか心配だったからだ。
18時過ぎにメディテーションルームに到着すると、ゴンサロはすでにそこにいて、目を閉じ正座の姿勢で呼吸を整えていた。
オスピタレオが教えてくれた通り、部屋は広くて静かで寛げる場所だった。ヨガマットも大きな鏡もあるし、神棚もある。ボワワワ〜ンと不思議な音が出る器(シンギングボール)もあった。
僕もゴンサロの真似をして、正座をしながら呼吸を整えると、ゴンサロに教わりながらヨガのポーズを練習した。今日はリラックスしたポーズが多くて昨日よりも楽にできた気がする。
1時間ほどヨガをした後は、昨日と同じくとても清々しい気持ちになっていた。ヨガとは何て不思議な運動なのだろう。心も身体も浄化されるようだ。
今夜の夕食はアルゼンチン人オスピタレオが作ってくれた特製クスクスだった。他にも色々と料理が出てきて、とても豪華な夕食を集まった巡礼達でワイワイ頂いた。だがそこで事件は起こった…。
巡礼達と楽しく夕食を食べていると、ゴンサロが突然
「ヒロさん!日本の歌を歌って!」
と皆の前で無茶振りしてきて、そして断る間を与えず彼が全員の注目を僕に集めた(「皆静かに!今からヒロさんが日本の歌を歌うよ!」)。『獅子は子を谷へ落とす』という言葉があるが、ヨガの師であるゴンサロは夕食を頬張る僕を一瞬で窮地へと追い込んだ。
突然のことに慌てふためき、もはやパニック状態だったが、「もうやるしかない」と腹を括って歌
い出した。僕は大勢の巡礼の前で『君が代』を歌った。なぜ『君が代』だったのか、それはわからない。少なくともこの夕食の席においては僕が唯一の日本人であり、日本人を代表して歌うのだということを意識していたのかもしれない。
皆優しい人達で、ガラガラ声で音痴な僕の歌を最後まで静かに辛抱強く聞いてくれた。そして歌い終わった後には拍手まで送ってくれたのだ。
大量の冷や汗をかいたが、とても嬉しかった。そこには人を馬鹿にする人は一人もおらず、皆が敬意を持って接してくれた。
その場にいた巡礼達は、とりあえず質(歌声)はさておき、まずは行動を起こした勇気(僕の場合はやむを得ない状況がそうさせたにしても)を評価してくれた。そのことに、僕は子供のように純粋に嬉しい気持ちになった。
僕はすぐにゴンサロに
「ゴンサロも何かスペインの歌を歌ってよ!」
と振ったが、彼は断った。ゴンサロ…。
ハッキリと断ることもまた大事なことなのかもしれない。それに怪我の功名というべきか、数人いるオスピタレオのうちの一人がわざわざやって来て、
「君ここでしばらくオスピタレオしない!?」
と誘ってくれた。人前で歌えることもオスピタレオとして備えているべき素養なのだろうか。
話を聞けば、ここのアルベルゲのオスピタレオ達は元々は巡礼で、皆ここで短期間ボランティアとしてオスピタレオをしているらしい。
有難いし面白そうな話だったが、帰りの日程も決まっていてスケジュールも押していたので今回は丁重に断らせてもらった。
皆が夕食を食べ終えた頃、一人のフランス人のおじさんがダイニングルームに置かれていたギターを手に取り、フランス語の古い歌を弾き語り始めた。皆が彼の演奏に引き込まれていった。その姿はとても渋くてカッコ良かった。
フランス人おじさんに続いて、おじさんの伴奏でアメリカ人の少女が透き通るような声で歌い、最後は皆で大合唱した。
皆の声が重なり合い一つになった時、僕らの心も一つになったような気がした。音楽の力はとても偉大だ。
素敵な演奏会が終わると、皆満足したように寝室へ戻り寝る支度を始めた。夕食の途中からアルベルゲに現れたアントアンに、今日一日の感謝を伝えてハグを交わした。
彼からは温かく善なるエネルギーが感じられた。そのハグですっかり元気をもらった僕は、
「君はまるでアンマのようだね!」
と彼に言った。すると彼はもう一度ハグをしてくれ、僕の耳元で何か祈りのような言葉を囁いた。
「私の息子、私の娘。」
という意味らしい。アンマが人々をハグする時に囁く言葉だと教えてくれた。
「明日の朝、必ず僕の所に寄ってね!」
別れ際に彼にそう言われ、嬉しさと温かさで満たされながら寝室へと戻った。
寝室へ戻ると部屋はすでに消灯していて真っ暗だった。僕が足元が暗くて困っているのに気づくと、同室の巡礼二人がベッドからスマホのライトで僕の足元を照らしてくれた。そのおかげで僕は無事に自分のベッドに辿り着くことができた。なんて親切な人達なのだろう。眠りにつく直前まで人の思いやりに触れられるなんて、僕は一体どれだけ幸運なのだろう。世界はなんて素晴らしいのだろう(少し大げさかもしれない)。
僕らを分け隔てようとする力は、僕らを一つにしてくれるより大きな”愛の力”に飲み込まれてどこか遠くへ行ってしまった。
昨日起こった悲しい出来事も、いつの間にか見えなくなるぐらいにまで小さくなっていて、まるで如来様の手の平に乗る孫悟空のようだった。
その出来事は心の果てしない広がりと、内から感じる確かな温かさを知るための、ほんのひとつまみのスパイスだったのかもしれない。
差別する人達だって間違った思想を吹き込まれているだけで、皆きっと良い人達なのかもしれない。
僕らは皆、心においてきっと一つなのだと思う。
本日のアルベルゲ
El Serbal y La Luna(Pieros)
Tel : (+34) 639 888 924
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私営アルベルゲ
3月15日〜11月15日 12時〜22時 (朝は10時までにアルベルゲを出発)
予約可
・宿代 10€
2部屋あり、そのうちの1部屋は車椅子の入室がしやすいようになっています。
・夕食と朝食を頼めます
・ベッド数 20
・冷蔵庫
・リビングルーム
・シャワー室 3
・お湯
・暖房設備
・洗濯場/物干し綱
・洗濯機(洗濯3€)
・コンセント
・アルベルゲから80m離れたところにWi-Fiが使えるバル有り
・薬箱
・コンセント
・葡萄畑に囲まれた小屋あり
・駐輪場
・キャンプ場
本日の支出(1€=125円)
項目 | € |
食材 | 6 |
宿代(夕食込み) | 15 |
合計 | 21 |
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