『No Vino, No Camino〜夢と現実のチョコラテリア〜』
5月30日 Villares de Orbigo → Murias de Rechivaldo 18.3km
明け方は寝袋の中まで冷気が入り込んでくるほど寒かった。6時半に寝袋を出ると、すぐに支度を始めて7時には1階の食堂で朝食の席に着いた。
朝食のテーブルには様々な国の巡礼が入り混じり、ジャムやミルクを渡したり、渡されたり、オスピタレアが用意してくれた朝食を皆で分け合って食べた。本当の国同士もこのようであれたらいいのにな。この世界を、皆で平和に分かち合って仲良く暮らせたならどれだけ良いだろう。
今朝はオスピタレアが自ら給仕してくれた。僕にとって、アルベルゲのオスピタレアを朝食の時に見かけるのは珍しいことだった。振り返ってみても、僕が泊まった中ではコトとここビジャレス・デ・オルビゴのアルベルゲだけだった。それもそのはず、朝の早い巡礼達の朝食を用意するとなると深夜の時間帯に起床して準備をしなければならないはずだ…。オスピタレア本当にありがとう!
昨夜素晴らしい夕食を作ってくれた上に、今朝は今朝で朝食の給仕までしてくれるなんて、オスピタレアには本当に頭が下がる思いだった。朝食を食べ終えると、昨日仲良くなったイタリア人4人組(なぜか大人数で食事をすると真っ先に友達になるのはイタリア人達だった。彼らがいつも誰に対しても陽気で親切だからかもしれない)とオスピタレアに感謝を伝え、別れを告げてアルベルゲを出発した。
今日は昨日とは打って変わってとても体調が良かった。足は弾むように進み、中身は昨日と同じはずのバックパックはとても軽く感じた。天気も良いせいか風景は一段と美しく見えて、道行く巡礼達に笑顔で挨拶をした。昨日疲れ切って立ち止まったサンティバニェス・バルデイグレシアスも風のように通過。昨日枯渇してしまったエネルギーはビジャレス・デ・オルビゴで出会った人々が充電してくれたみたいだ。
良い気分で歩いていると、11時頃アストルガに到着。アストルガの入口で昨夜夕食を共にしたイングランド人のジェームスに会った。彼とおしゃべりしながらアストルガの町へと入る。ジェームズは常に陽気で冗談が好きな一緒にいて楽しい人だ。
町の入口は急な上り坂になっていて、足を痛めているらしいジェームズは一歩一歩辛そうに登っていた。彼の横で僕もまた急な坂に苦戦していて、息を切らしながらのろのろと登った。
僕らが傾斜の厳しい坂道に苦戦していると、これまた昨夜夕食の席で一緒だったアメリカ人のブライアン、モーリー夫妻が追いついてきて、
「後ろ向きに登ると楽だよ!」
とアドバイスしてくれた。早速彼らのアドバイスに従って後ろ向きで登り始めたが、やはり辛い。僕の場合はテクニックというより体力不足が問題らしい。
息も絶え絶えようやく坂を登り切ると、そこには力強く歩く巡礼の銅像が建てられていた。すっかり銅像に夢中になった僕らは疲れも忘れ記念撮影をした。
ジェームズと共にさらに町の中へと進むと、市庁舎前の広場に出た。開放感のある広場には店が立ち並び、椅子とテーブルがずらっと並べられていた。時間が中途半端だったせいか人はまだまばらだった。
僕にはアストルガでしたいことが2つあった。一つはアストルガのカテドラルを観ること(教会の中に入ると悲しい気持ちになるので、あくまで外だけ)。もう一つは、チョコラテリア(チョコレート屋さん)でチョコを食べることだ!
ガイドブックによれば、アストルガには最初ケルト人が定住し、その後ローマ人達がやって来てアストゥカという砦が築かれると、各方面を結ぶ主要都市として栄えたらしい。その時に南部セビージャから北部ヒホンまでスペインを横断する「銀の道」を通じてカカオがスペインに持ち込まれたとのこと。
スペインで初めてチョコレート工場ができたのはアストルガらしい。アストルガでチョコを食べない手はない、と甘党の僕は以前からアストルガのチョコに狙いを定めていた。
ジェームズと広場中央のベンチに腰を下ろして一休みすることにした。二人でベンチに座り町の様子を眺めてみた。人や車の喧騒はなく、巡礼が次から次に到着しては広場で写真を撮り、ある者はそこで休み、またある者は先へと進んで行った。僕はアストルガの町の落ち着いた雰囲気がとても好きになってきた。
ジェームズはベンチに腰掛けるとすぐに足のケアに取り掛かっていた。靴と靴下を脱ぎ、足を乾かすとマメ予防のためのパウダーを足の指にまぶし、履いていた靴下を交換した。そこまで終えると、
「これがペレグリーノスタイルだ!」
と言って、持参していたパンにチーズを挟んでボガディージョを作り、それにかぶりついた。皆やっていることは同じらしい。なんだか少し安心した。
アストルガでチョコを食べようにも、美味しいチョコラテリアの場所がわからない僕は、市庁舎で何か情報が得られないかと思い、訪ねてみることにした。
「ちょっと市庁舎でチョコラテリアの場所聞いてくる。」
と食事中のジェームズに言うと、
「カテドラルの辺りまで歩けば何かあると思うけどな。モグモグ(ボガディージョを食べている)。ま行ってみたら?モグモグ。」
と言われた。
市庁舎は、汗とホコリまみれで大きなバックパックを背負った僕にはおおよそふさわしくない、綺麗で清潔でシステマティックな場所だった。
少し躊躇しながらも、受付のような場所で女性の職員の方に
「僕は巡礼なのですが、オススメのチョコラテリアを教えてもらえませんか?」
と尋ねてみた。後から考えてみたら、それは日本の町役場や市役所の窓口で近辺の美味しい寿司屋さんを尋ねるのと同じぐらい、とても場違いなことだったと思う。
だが職員の女性は親切にもスペイン語と身振り手振りを交えて
「カテドラルの近くにインフォメーションセンターがあるから、そこでチョコラテリアの情報を聞けるよ!」
と教えてくれた。そしてわざわざ市庁舎の外まで出てインフォメーションセンターまでの行き方を丁寧に教えてくれた。
見ず知らずの外国人に嫌な顔一つせず、むしろ素敵な笑顔でとても親切な対応をしてくれた女性に、僕はすっかり感動してしまった。思いがけず、チョコラテリアの場所を知ること以上に価値のある出来事を経験させてもらった。
ジェームズの座っているベンチに戻り、彼にことの顛末を話すと、
「だからカテドラルの辺りに行けば大丈夫だって僕は言ったんだ!」
と笑われてしまった。
もうしばらくベンチで休むというジェームスと別れ、カテドラルを目指して歩き出した。町の中を歩いているとガウディが設計したという司教館を見つけた。僕は建築には詳しくはないが、彼の作った建築物はどれも個性的で見ていて面白い。
一度バル休憩を挟み、さらに巡礼路を進むとカテドラルに到着。カテドラルは堂々としていて立派で、近くで見ると迫力があった。これで一つ目の目的は無事に達成できた。一瞬中へ入ろうかとも思ったがやはり気が乗らず、近くにあったインフォメーションセンターでチョコラテリアの場所を尋ねることにした。
訪ねたインフォメーションセンターのスタッフは、町にいくつかあるチョコラテリアの場所を地図に記してくれて、それらの中でシエスタの時間でも開いているお店を教えてくれた。懇切丁寧な対応に感謝し、地図を片手ににいよいよ夢のチョコラテリアへ向かった。
地図を頼りに辿り着いたお店は一見普通のバルだった。僕はてっきり、ケーキ屋さんみたいな店内に、チョコがずらーっと陳列されている情景を想像していたのだが、実際は違ったらしい。
戸惑いながらも、とにかく店内に入りカウンターに座ると、いかついおじさん店主に
「チョコ下さい!」
と頼んでみた。するとしばらくして、熱々でドロドロのチョコレートがカップになみなみと入れられて出てきた。とても甘ったるい香りがする。
最初チョコを飲もうとしたのだが、液体というより個体に近く、上手く口に流し込めなかった。なのでスプーンですくって食べてみた。ものすごく甘い、甘すぎる…。
今まで経験したことはないが、今回ばかりはチョコで鼻血が出そうだった。食べていると頭がぼーっとしてくる。「この一杯だけでめちゃくちゃ身体に悪いだろうな…」食べながらそんな危機感を覚えた。
大好きなはずのチョコを、苦戦しながら何とか完食して店を出た。若干気分が悪くなっていた。店を出て一番最初に考えたことは「今身体の中に取り込んだ物を、できるだけ早く消化しなければならない」ということだった。
少量なら幸せを感じるチョコも、多量だと毒になる。そう思い知らされた僕は、アストルガを出て、今日は一段と強い日差しの中をひたすら歩いた。歩いている間中、身体の中に異物があるという感覚がずっと付きまとっていた。
今夜どこに泊まるかは特に決めていなかったのだが、ムリアス・デ ・レチバルドの村に着くと「ここだ!」と直感的に感じた。今さらながら、僕は小さくて静かで可愛らしい村に弱い。
村の入口には、村にある公営アルベルゲの看板が立てられており、とても雰囲気が良さそうだった。なので、今夜はそのアルベルゲに泊まろうと考えながら村の中へと進んだ。
辿り着いたアルベルゲも、村同様に小さくて静かな宿だった。壁の温かいオレンジ色が心を和ませてくれる。
オスピタレオは背が高く物静かで思慮深そうな人だった。寝室は大部屋が一つだけ、部屋には一段のベッドが適度な間隔を保っていくつも並べられていた。初めてのタイプだったが、とても快適だった。
シャワーと洗濯を済ませてしばらくシエスタをした後は、レチバルド村の散策に出かけた。村はすぐに一周できてしまう大きさだった。村をぐるりと一周し終えると、アルベルゲへ戻る前に、村のベンチで日記を書くことにした。
しばらく日記に目を落としていると、僕の前を通りがかった男女二人組の巡礼から話しかけられた。書く手を止めて挨拶と自己紹介をすると、三人でベンチに座って、あれこれお喋りをした。
カナダ人女性のジェウェンニとスペイン人男性のゴンサロの二人も今夜はこの村に泊まるらしい。しばらく三人で話しているとすっかり意気投合して、
「良かったら、今夜私達のアルベルゲで一緒に夕食を食べない?」
と誘ってもらった。
僕は夕食をどうするか決めていなかったし、彼らともっと話がしたかったので、有り難くその誘いを受けることにした。ベンチを立つと、そのまま彼らの泊まっているアルベルゲへと歩いて向かうことになった。
彼らの泊まるアルベルゲは村の出口にあり、お洒落で真新しく、僕らは夕食の準備が整うまで居心地の良い中庭でビールを飲みながら話をした。
話したいことはたくさんあった。お互いのことについて先ほどよりもっと突っ込んだ話をした。仕事のこと、カミーノへ来た理由、カミーノを終えた後のこと。
二人共仕事で燃え尽きてしまい、カミーノを歩く前に退職してきたらしい。そういう巡礼は少なくなかった。多くの巡礼が、生きる意味を再確認するため、本来の自分を取り戻すために、カミーノ・デ ・サンティアゴを歩き始めるのかもしれない。
「夕食できたよー!」
とオスピタレアが皆に呼びかける声が聞こえると、まだまだ語り尽くせはしなかったが話を切り上げて食堂へと向かった。
別のアルベルゲの、飛び入りの食客である僕を快く迎えてくれたオスピタレアには本当に感謝しかない。
10名ほどの巡礼が同じテーブルを囲んで、賑やかな夕食が始まった。僕の隣には体格の良いアルゼンチン人のおじさんが座っており、彼と話が盛り上がり、いささかワインを飲み過ぎた。
今日カミーノを歩いている途中で
”No Vino, No Camino”
という言葉が壁に描かれてるのを見つけて写真に撮っていたのだが、それをアルゼンチン人のおじさんに見せると、彼はその写真がとても気に入ったようだった。
その言葉は確かに一理あると思う。ワインあるところには必ずそれを囲む人達がいる。ワインが巡礼達の一期一会の出会いを演出してくれることもしばしばだ。
カミーノでは人同士の出会いがとても重要だと感じる。そう考えた時に、
”No Vino, No Camino”
は確かに一つの真理だと思えてくるのだった。
本日のアルベルゲ
Albergue municipal de Murias de Rechivaldo (Murias de Rechivaldo)
Tel : (+34) 638 433 716 / (+34)669 067 433
公営アルベルゲ
営業期間 3月1日〜10月31日 〜23時
・宿代 5€
・ベッド数 18
・シャワー室 2
・お湯
・物干し綱
・洗濯機(洗濯3€)
・ロッカー
・コンセント
・薬箱
・コンセント
・庭(イスとブランコ有り)
本日の支出
項目 | € |
エクレア、クッキー | 2.8 |
コーヒー | 1.3 |
チョコラテ | 1.4 |
宿代 | 5 |
夕食代 | 11 |
合計 | 21.5 |
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