『カミーノバック!〜カミーノが僕を歩かせる〜』
5月29日 Hospital de Orbigo → Villares de Orbigo 2.8km
珍しく早朝に目が覚めた。部屋の中はまだ真夜中のように暗い。時刻は5時45分、動き出すには早すぎるが、二度寝するには遅すぎる。なので外が明るくなるまでベッドの中でスペイン語を勉強して過ごした。
7時になると周りがバタバタ準備をし始めたので、それに合わせて僕も起きて準備を始めた。出発の支度をしていると、昨日の夕食でピザとヨーグルトを分けてくれた韓国人の女の子が、そっとミニカステラをくれた。なんて親切な人なんだ。朝からとても嬉しい気持ちになった。(僕はカミーノで韓国の人達に一番食べ物を分けてもらった)
アルベルゲを出ると外はいつになく寒かった。日が照ってきても身体は中々温まらない。ビジャレス・デ ・オルビゴには8時半に到着。この村こそ昨日目標としていた村だった。
村の中を進んで行くと、道端で1人のおじさんが蜂蜜を塗ったクラッカーを無料で配っていた。おじさんの足元にはペンキで”No Donation(寄付不要)”と書かれている。おじさんの立っているすぐ後ろの建物はちょっとしたカミーノミュージアムのようになっていて、カミーノにまつわる写真や品々が飾られていた。おまけにトイレも無料で解放してくれているようだった。
だが今回は建物には立ち寄らず、蜂蜜クラッカーだけを有難く頂いた。心は温まりお腹も満たされた。ビジャレス・デ ・オルビゴの村人は温かそうだし、村には雰囲気の良いバルもあった。それにEl Pajarのオスピタレアが教えてくれたアルベルゲもある。
「この村でゆっくりしたいな」という気持ちはあったが、今日はまだ2.8kmしか歩いていない「進むしかないか…」と諦めて村を出た。
だが今日はなんだか変だった。昨夜は10時間近く寝たにも関わらずあくびは出るし、これ以上歩きたくないと思ってしまうほどに疲れを感じていた。
それでも歩くこと1時間、サンティバニェス・デ ・バルデイグレシアスに到着。そしてサンティバニェス村の教会の前にあった小さな公園まで来たところで、ついに力尽きた。体力もそうだが、何より気力が尽きていた。もうこれ以上歩こうと思えない。こんなことは初めてだった。
ひとまず教会前の公園のベンチに腰を下ろすと、元気を取り戻せると期待して朝食を食べた。ボガディージョ、オレンジ、そして今朝韓国人の女の子がくれたミニカステラだ。
食べ物は空腹こそ満たしてくれたが、気力まで復活させてはくれなかった。しばらくの間ぼーっと村の教会を眺めていた。いくら待っても体力も気力も戻ってくる兆しはない。これ以上は無理だと感じ、今日はもう歩かないことに決めた。一度決断すると何だかほっとする自分がいた。
早速今夜の宿をどうしようかと考えた末、前の村ビジャレス・デ ・オルビゴに戻ることにした。サンティバニェスには食料を買える場所がないとを聞いていたし、(隈なく探せばあったかもしれない)ビジャレス・デ ・オルビゴには泊まってみたいアルベルゲもある。
そこまで決まると次第に気持ちも上向いて来た。一体全体”気持ち”とは何なのだろう。”気”が向いたり向かなかったり、”気”が塞いだり楽になったり。考えた通りに動いてくれない”気”は、頭とは別の場所にあって、それ自身が意志を持っているようだ。
当然のことながら、ビジャレス・デ ・オルビゴへ行くにはカミーノを戻らなければならない。ということで巡礼路逆走”カミーノバック”(自分で命名)を決行した。
やってみてわかったのだが、カミーノを逆走することは予想以上に恥ずかしいことだった。なぜならその時間その場所を歩いている巡礼は思いのほか多く(朝の10時)、彼らとすれ違う度に「この巡礼はなぜカミーノを逆走しているんだ?」という目で見られているのをひしひしと感じたからだ。
ここ数日、巡礼路で巡礼に「ブエン・カミーノ!」と挨拶する機会が減っているように感じていたが、それは歩いている巡礼の数が減っていたのではなく、巡礼同士の歩く間隔が間延びしていたこととペースが大体似ていたためだったらしい。その日の後発組のよほどペースが早い人か、先発組のペースの遅い人としか会う機会がなくなっていたのだと思う。
日が経つにつれて僕は僕と同じようなペースの人達の中で歩いていたのだ。そのグループからも今日で離脱してしまうことになるだろうが…。
カミーノ逆走中は向こうから波のように押し寄せてくる巡礼達に、次から次に「ブエン・カミーノ!」と挨拶しっぱなしだった。途中、身体の後ろに荷物を載せた台車を引っ張って歩く(重いバックパックを背負うより楽かもしれない)おじさん巡礼に
「え!?サンティアゴ帰り!?」
と驚かれた。
今日は疲労困憊しているので前の村へ戻って休むのだと彼に説明すると、
「そんな日もあるさ。毎日が同じ日ではないよ!良い1日を(Have a good day)!」
と言ってくれた。その優しさにグッとこみ上げるものがあった。
さらに逆走を続けると、ブライアン、ジェロウィン夫妻に再会。
「どこに行くの!?」
と驚かれたので、
「ちょっと疲れたから、前の村に戻って休むよ。」
と説明すると、
「カミーノは続けるんだろ!?」
と心配してくれた。
「もちろん!」
そう答えると、安心してくれたようで、
「ゆっくり休んでね!」
と気遣ってくれた。彼らの思いやりにもやはり胸を打たれた。
夫妻と握手をして別れると再び逆走を続けた。恥ずかしいのでこれっきりにしたかったが、カミーノバックによって思いがけず仲間の優しさや思いやりに触れることができて、結果的にとても幸せな気持ちになれた。
それに、何人かの巡礼には”サンティアゴ帰りの強者が、歩いて帰宅しようしている…”と思われたかもしれない。
きっかり10時30分を知らせる教会の鐘と共に、ビジャレス・デ ・オルビゴに戻ってきた。蜂蜜クラッカーのおじさんが彼のカミーノミュージアムで何人かの巡礼をもてなしている横を通り過ぎ、ひとまず村の中心にあるバルで一休みすることにした。
陽気なバルの店主は僕が日本人だとわかると、
「アリガトウ!アミーゴ!」
と日本語を交えて接客してくれた。バルでコーヒーを飲みながら日記を書いた後は、ベッドを確保するために目当てのバルへ行ってみることにした。(「アリガトウ!アミーゴ!」)
と言ってもそのアルベルゲ、R.P de Villaresは僕がいたバルの目の前にあったので数秒で到着。そう大きくない入口をくぐって中へ入ると、とても可愛らしい中庭が出迎えてくれた。
まだ午前の早い時間だったが、すでに2人の巡礼が受付をしている最中だった。ここは人気のアルベルゲなのかもしれない。オスピタレアはおっとりとしていて、全身から優しさが滲み出ているような女性だった。彼女の透き通った声がとても印象的だった。
受付を終えて彼女に案内された2階の寝室は、とても綺麗で清潔、開け放たれた大きな窓からは心地良い風が入り、そこから村の広場を見下ろせた。「最高じゃん!」と僕は1人ではしゃいでいた(その寝室には一番乗りだった)。
荷を下ろして、シャワー、洗濯を終えると2階の廊下に置かれていたソファでまた1時間ほど日記を書いた。日記を書いていると1時間はあっという間だ。次第に眠くなってきたのでベッドで寝袋にくるまると一瞬で眠りに落ちた。自分で思うよりも疲れていたのかもしれない。落ちていくような深い眠りだった。
目が覚めると友人とメッセージのやり取りをして、夕食の時間まで村をぶらぶら散歩することにした。
村の中を歩いていると小腹が空いてきたので、アルベルゲの近くの食料品店でクッキーを買い、店の前に腰を下ろしてボリボリと食べた。昨日も同じようなことをしていた気がする。
店には近所のおばちゃん達が買い物にやって来て、店主のおばちゃんとのんびりおしゃべりをしていた。ふと、”のんびりとおしゃべりができる店って豊かだな”と感じた。そこは地元の人達にとって、”物が買える場所以上の価値”があるようだった。ベルトコンベアーのような大型スーパーとは対照的だと感じた。
僕らの暮らしが、どんどん忙しなく、窮屈になり、かつてあった豊かさからどんどんかけ離れていっているような気がするのは僕だけだろうか。
店の前には噴水があって、その横には長い柱が立てられており、そこには等身大サイズの人形が二体吊るされていた。その人形は農家の夫婦といったような衣装を着せられている。僕はそれを見てゾッとした。可愛い村には似つかわしくない不穏な空気がそこには漂っていた。
その人形の下には何やらスペイン語でメッセージが書かれていたが、僕には読み解けなかった。アルベルゲへ戻ると、その吊るされた人形についてオスピタレアに尋ねてみた。
すると彼女は、
「その人形は、苦境に喘ぐ農家の人々が今のスペインの農業の在り方に抗議するために吊るしたの。」
と教えてくれた。
カミーノを歩いていると心を和ませてくれる小麦畑や葡萄畑の風景。それらの美しい景観の裏には大変苦労されている農家の人達がいるのだと知った。
19時になると、夕食の時間を告げるベルがアルベルゲに鳴り響いた。待ってました!とばかりに、急いで支度をして一階へ降りると、中庭には大きなテーブルと豪華な料理が準備されていた。
テーブルには総勢16人の巡礼が集まり、賑やかな夕食はスタートした。食べ始める前にオスピタレアがその透き通った声でスピーチをしてくれた。
「日々、皆さんの生活はよりシンプルになり、皆さんはより力強くなっています。そして、カミーノを歩き終えた時には何かが変わっていることに気づくでしょう。今はそう思えなくても、終わって振り返る時に気づくのです。」
僕は彼女のスピーチにすっかり聞き入ってしまった。彼女が僕らのためにとても重要なことを話してくれているのを感じた。彼女が話し終えると巡礼一同から拍手が巻き起こった。
その夜は、素晴らしい料理と素晴らしい人々、何よりオスピタレアのホスピタリティにとても感動した。気の良いイタリア人達とすっかり仲良くなり、アメリカ人、イングランド人、オランダ人皆と打ち解けて話をした。一期一会の貴重な夕食の時間は、朝から疲れ切っていた僕を心の底から癒し、満足させてくれたのだった。
素敵な時間を逃さずに済んだのも、カミーノが
「行き過ぎだよ!戻って、戻って!」
と教えてくれたおかげだ。最近自分がカミーノを歩いているのか、カミーノが僕を歩かせているのかわからなくなっている。
カミーノバックはもうごめんだが、この夜はカミーノでの最高の夜の一つに数えられる夜になり、その日その場所に巡り会わせてくれたことをカミーノに感謝した。
本日のアルベルゲ
Albergue Villares de Órbigo (Villares de Órbigo)
Tel : (+34) 987 132 935 / (+34)722 833 373
Email : info@alberguevillaresdeorbigo.com
Facebook
Webサイト
私営アルベルゲ
営業期間 3月1日〜10月31日 11時〜22時
予約可
・宿代
二段ベッド 15€(僕が巡礼した当時より値上がりしています)
ダブルルーム(トイレ共用)40€
ダブルルーム(トイレ付き)50€
三人部屋(トイレ共用)55€
・食事
朝食6€
夕食15€
・ベッド数 26
・キッチン
・冷蔵庫
・リビングルーム(図書館兼用)
・会議室
・シャワー室 5
・お湯(太陽光発電を使用)
・タオル、シャンプー
・暖房設備
・洗濯場/物干し綱
・洗濯機(洗濯5€、乾燥5€)
・コンセント
・薬箱
・Free Wi-Fi
・コンセント
・中庭
・駐輪場
本日の支出
項目 | € |
コーヒー | 1.3 |
クッキー | 1 |
宿代 | 8 |
合計 | 10.3 |
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