バイヨンヌ行きのバスはとにかく揺れた。まるで遊園地のアトラクションのようだった。明るくて気さくなバスの運転手はボブ・マーリーを聴きながらハイスピードで走った。そのあまりの揺れに、乗客の一人は気分が悪くなった様子でその場にうずくまった。僕は内心「目的地に着く前に死ぬかもしれない」と思っていた。
思えば初めてのフランスだ。バスの窓からはバスク地方特有の赤と白に塗られた家々が見える。どの家も可愛くて、まるで絵本の世界のようだった。
バスは間もなくバイヨンヌに到着。なんとか生きてたどり着くことができた。バス停は町の中心地に近いところにあり、すぐそばを大きなアドゥール川が流れていた。まずは予約していたホテルにチェックインするため、サン=テスプリ橋を渡り川の右岸へと移動した。

15時半、今夜の宿ホテル・コートバスクに到着。ホテルはバイヨンヌ駅のすぐ目の前にあり、街の中心地へも徒歩5分という立地の良いホテルだった。受付のお姉さんも大変親切で、近場の飲食店を教えてくれたり、街のマップや電車の時刻表をくれた。
無事にチェックインを済ませて、自分の部屋に入り荷物を投げ出した時には、すっかりくたびれていた。そのままベッドに寝っ転がりたかったが、疲れより空腹がまさり、夕食を食べるためお店が軒を連ねるという街の中心部へ行ってみることにした。
アドゥール川を眺めながら再びサン=テスプリ橋を渡る。大きな川はなぜこんなにも心を落ち着かせてくれるのだろう。バイヨンヌの街並みはとても可愛らしくて、建物の間を細く縫うように伸びる道を散策するのは楽しかった。

散策しながら一つ驚いたことがあった。それは「人の歩くスピード」だ。バイヨンヌのフランス人達はとても(とても)ゆっくりと歩いていた。早歩きの街ダブリンからやってきた僕にとって、バイヨンヌの人々の歩く様子はまるでスローモーションのように見えた。
1ヶ月のダブリン生活で僕自身もいつの間にか早歩きの習慣がついていて、どこへ急ぐわけでもないがとにかくせかせかと歩いていた。サン=テスプリ橋の上で、僕の前を一組の老父婦が歩いていた。二人は手を繋ぎながら歩いていて、おしゃべりしてはたまに川を眺めたりまたおしゃべりしたりと、散歩を楽しんでいるようだった。二人はまるで、一歩一歩が重要であるかのようなゆったりとしたスピードで歩いていた。実際に重要だったのかもしれない。
「時間を惜しみなく使えることは豊かさだ」
時間をより効率的に無駄なく使うことは、一見良いことに思えるがそこには何の味わいもないと思う。速いことが良いことだと考えるようになったのはいつからだろう。料理にしても時間にしても、味わうことに関してフランス人には敵わないのかもしれない。

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