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【ヴィア・フランチジェナ】 〜ローマへの道〜 6日目

 とても疲れていたが、立ち上がれないほどでなかった。7時半の起床は今の自分の体調を考えると早いと言っていい。

 ノロノロと支度を始めた。昨夜は暑かったが、割と快適に眠れた。シャワーを浴びて気分をリフレッシュすると、地下にある食堂で朝食を食べた。ゆっくりと慌てず、必要な量を時間をかけて食べる。

 周りの出来事に耳を傾けてみるのもいい。配膳をしてくれたホテルの男性が、ペットなのだろうインコを食堂に連れてきたりと面白いこともあった。

 昨日はあれだけ疲れていたのに、今日はすでに身体は歩くモードになっていた。新たな発見だ。手持ちの資金を補充したくて、ホテルのスタッフさんに近くの銀行の場所を尋ねておいた。宿の女性にお礼を伝えると、9時半にはホテルを出発。

 ホテルの人達には心から感謝だ。クタクタに疲れ果てて、空腹でおまけに道に迷い途方に暮れていた僕には、彼女らが救いに思えた。彼女らの瞳の奥にも輝くものがあった。

 歩き始めた僕はまずは巡礼路に戻らなければならなかった。なぜなら昨夜のホテルは巡礼路から外れた場所にあったからだ。その途中で銀行を見つけたのでキャッシングをしようとATMを使ってみたが、うまくいかない。銀行員の人に手伝ってもらったが、やはりうまくいかない。暗証番号は正しい。なぜだ。

 他の銀行へ行って再度試したが使うことができなかった。そこで「あ!」と思い出した。僕のクレジットカードはロックされていた。なぜかというと、カミーノ以前の旅で僕はカードの使い方を誤り、セキュリシステムが作動して使えなくなっていたのだ。大袈裟に書いたが、ただ暗証番号がうろ覚えで、何度も打ち間違えたという話だ。

 その後、カード会社に問い合わせたところ、特別な措置により使わせてもらえることになったのだが、そのためには毎回月末にロック解除の要請を会社へしなければならない。それを忘れていたのだ。あれこれ忘れてしまっている。現在の手持ちはキャッシュで50数ユーロ。明日クレジット会社に電話するしかない。そして生き延びるしかない。

 AOSTAを出ると山の中腹を登ったり、降ったりした。今日は意外にも調子が良くて、歩き続けられた。

 のんびりと自分のペースで歩いていると、それまで見えていなかったイタリアが自分の中に入ってきた。音、匂い、光、色。今自分が調和の中にいるのを感じた。今日は歩いていても全然疲れなかった。小さな休みを多く入れたのも良かったかもしれない。

 今日の巡礼路は町中を通ることがなかったので、いくつかの町を横目に歩き続けることになった。だが、僕の気配を感じた犬達は遠くからでも全力で吠え立てていた。途中川に差し掛かると水に足をつけて休んだ。アルプスの雪解け水ほどは冷たくなかったが、それでも気持ちが良くて心も身体も気分もリフレッシュできた。

 日中は山の中にいたせいか、電波が全然繋がらなかった。夕方になってようやく電波が届く場所に出ると、友人達から連絡が届いていて、彼らと連絡を取り合うことができた。chatillonに着いた時には19時を過ぎていて、町は広くどこに何があるのかわからなかった。とりあえずGoogleマップを開くと、良さそうな宿に目星をつけて歩き出した。

 しばらく木々の中や家々の間を歩いていると、ドイツ人親子三人組に遭遇した。彼らもヴィアを歩く巡礼で、僕と同じく今夜の宿を探しているようだった。僕が探している宿の情報を彼らにも伝えると、母親からホテルに関して色々と聞かれた。

 しばらく僕ら四人が道端に座ってあれこれ話し込んでいると、車で通りがかったイタリア人のおばちゃんが親切にも車を止めて話しかけてきてくれた。そして僕らが今夜の宿のことで困っていることを知ると相談に乗ってくれて「君がホテルまでの道を案内してくれたら私が皆を車で送っていくよ!乗りな!」と提案してくれた。渡りに船と僕らは彼女の親切に甘えさせてもらうことにした。

 だが、ドイツ人親子は最後の最後になって「やっぱり自分達で探す。」と言い出して乗らなかった。なので結局僕一人だけホテルまでおばちゃんに送ってもらうことになった。車内でおばちゃんが「ホテルより教会の方が安いよ!教会にしたら?」と提案してくれた。僕は二つ返事で彼女の提案に乗った。

 提案に乗った理由は二つあり、まずは何より費用が抑えられるということ、もう一つは教会に泊まることに興味があったからだ。教会にはすぐに到着。おばさんにお礼を行って車を降りた。

 なんて親切な人なのだろう。彼女の瞳の奥にもまた温かいものがあった。彼女と彼女の信仰のことに関して話はしなかったが、こういう人を敬虔で信仰の厚い人というのかもしれない。目の前の困っている人に一声かけて助けられる人。僕にとっては彼女の”その心”こそが本当の教会に思えるのだった。

 今夜の宿である教会の建物には二つ入り口があり、一つは教会への礼拝堂への入り口で、おそらくもう一方がアルベルゲの入り口だと思われた。アルベルゲの方の入口を開けようとしたが鍵がかかっていて開かなかった。すると中から「5分待って!」という声が聞こえて、しばらくして中から巡礼らしき女性が現れた。「向かいのドアのベルを鳴らすと案内をしてくれるよ!」と彼女は教えてくれた。

 彼女に言われた通り、向かいにあった教会側のドアのベルを鳴らすと今度は神父さんらしき人が出てきて宿泊の受付をしてくれた。

 先ほど女性が現れたドアの向こうががやはり宿泊者用の部屋になっていて、そこまで広くない部屋にベッドが三つ並んでいた。三つのベッドのうち、一つは先ほどの女性、一つは僕、残りの一つにも荷物が置かれていて、誰かがすでに確保しているらしい。そのバッグには見覚えがあった、マティアだ!

 女性はオーストラリア人巡礼で、クレデンシャルにスタンプを押してくれたり、ここの宿は寄付だということも教えてくれた。とても親切な女性だった。イギリスのカンタベリーからここまで50日以上かけて歩いて来たらしい。カミーノもすでに数回歩いたことがあるというから、ベテラン巡礼者だ。 

 シャワーを浴びて浴室から出てくるとマティアも戻って来ていた。僕らはハグして再会を喜んだ。時間もだいぶ遅くなっていたので、僕はすぐに買い物に出かけた。

 何を買ったかというと大きなサイズのオレンジジュースと果物だ。スーパーから宿へと帰りながらオレンジジュースをごくごくと飲んで、宿に戻ってからも、果物を食べながらまたオレンジジュースを飲んだ。

 最近とてもハードな日々が続いていて、心身ともにクタクタだった。そんな時に体調を整える上で最後に頼れるものが僕にとっては果物だと学んだ。タンパク質も必要かもしれないと思い、ヨーグルトを食べることも多かったが、何より果物が力になった。身体の中にエネルギーを蓄えられている感触があった。

 夜はマティアと一緒に日記を書いた。彼も僕と同じく旅の記録をつけることをしているらしい。また日々絵の練習もしているとのことだった。毎日描かないと腕が落ちるらしい。僕は先にベッドに横になったが、全く眠れず、結局眠れたのは夜中の3時頃だった。

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