【ヴィア・フランチジェナ】 〜ローマへの道〜 3日目

サンティアゴ巡礼記

7月1日 Orsieres → Bourg- Saint Pierre

 7時20分起床。全身筋肉痛だ。このまま二度寝したいがそういうわけにもいかない。痛む身体に鞭を打って支度を始めることにした。昨夜は四人部屋のドミトリーで寝たのだが、隣のベッドの予約客二人はついに現れなかった。何事もなければ良いが。

 支度が整うとフロントに鍵を返した。その際にスタッフに言われた「ありがとう」の言葉が心に響いた。これまでたくさんの宿に泊まってきたが、こんなに「ありがとう」と言われて嬉しかったことはない。きっと彼らの言葉やサービスに心がこもっていたからに違いない。

 ホテルを出るとまずはスーパーへ食料の買い出しに出かけた。スイスで初めて大きなスーパーに入ってみたが、物価はそれほど高くはない。パン、ヨーグルト、モモ、レモン、オレンジジュース、二食分のこれらの食材で6.9CHF(759円)だった。

 スーパーを出ると早速歩き始めた。今日も暑い1日になりそうだ。とてもお腹が空いていたので、村の出口に置かれていたベンチで朝食を食べた。オレンジジュースが美味い。巡礼の旅の中で改めて野菜と果物の力を感じた。野菜と果物をしっかりと食べているときは身体の調子も良いし、疲れも軽減される気がする。長い距離を歩く日は、意識して野菜と果物を多く取るようにしていた。

 朝食を食べ終えると気分も前向きになり、僕は意気揚々と歩き出した。今日も誰とも会わず一人で歩く時間が長かった。途中見かけた人といえば、僕をバイクで追い越していった小学生ぐらいの男の子だ。スイスでは小学生でもバイクに乗れるのだろうか、ふと疑問に感じた。

 巡礼路は昨日同様アップダウンのある山道だ。近くを流れる川の音と遠くから聞こえる車の音を聞きながら歩いた。筋肉痛もあるのでゆったりとしたペースで進む。道の上を蝶がヒラヒラと飛んでいて、濃い緑の草むらでは虫達が鳴いている。ふとした瞬間にふわっと松の良い香りがして、日は温かく風が心地良い。スペインの乾燥した灼熱の大地も好きだが、それとはまた違った自然がスイスにはあった。 

 途中で出会った女性ハイカーは親切にもこの先の道についてアドバイスをくれた。通りがかった村では村人の女性が村の噴水が飲めるかどうか教えてくれた。何せ人と出会わないので、出会えた人には全員に「ボンジュール!」と嬉々として声をかけた。向こうから声をかけてくれた少年もいたり、芝刈り中の女性にも挨拶をしたり(迷惑だったかもしれない)、とにかく人と話せることが嬉しかった。

 お腹が空くと、山小屋のような場所で昼食を食べた。カマドもついていて、誰かが火を起こした痕跡があった。パンとモモで簡単に済ませると山小屋を出発。

 山道では三回リスを見かけた。1回目は木の上でキーキー鳴いていて、2回目は木の実をくわえながらこちらへダッシュしてきて、3回目は振り返ると彼がいた。リスは黒っぽい茶色をしていて、以外と大きく俊敏だった。森の住人との予期せぬ遭遇は、一人で歩く寂しさを慰めてくれた。

 途中ゴーゴーと勢いよく流れる川に出くわした時、昨日偶然招かれたSembrancherのホームパーティーで、同席した女性がこの辺の水は飲めると言っていたのを思い出した。ものは試しと川の水をすくって飲む。川の水は透きとおっていて冷たく美味しかった。水筒にも水を補充すると、靴を脱ぎ足を川につけてみた。痛いほどにキリッと冷たい。ついでに顔や手も洗い、サッパリした気分で再び歩き出した。

 午後からは牧草畑を横切ったり、電柵をくぐって牛の放牧場の中を突っ切ったりと、「これは本当に巡礼路なのだろうか?」と一瞬疑ってしまうような道なき道を歩いた。なんともファンキーで面白い。放牧場を出たり入ったりしていると、今日の目的地であるBourg – Saint Pierreに到着。

 Pierreの入り口にはホテルと書かれた建物と、道の向かいにガソリンスタンドが一軒建っているだけだった。ここは本当に町なのかと疑問に思ったが、ホテルのおみやげ屋にいたおばあさんに訊ねたところ、ここは確かにPierreの町でSt-Bernardまでは13kmの距離らしい。「峠を下るとそこはもうイタリアだよ。」と教えてくれた。

 Pierreには他にも宿がありそうだったが、おみやげ屋のチャーミングなおばあちゃんに引かれた僕は、気づけば「ここはホテルですか?」と訊いていた。おばあさんに案内されて二階のレストランに連れていかれると、そこで女主人に受付をしてもらい宿泊することになった。巡礼用の料金で35CF。相場はわからないが、多分こんなものなのだろう。

 おみやげ屋のおばあちゃんにお礼を言い、女主人に案内されて部屋へと移動した。部屋はホテルを出て、道挟んで反対側に建っている一軒家だった。ベッドが二つ置いてあるだけのシンプルな部屋で、他に客はいなかった。「全部まとめて後払いでいい」と言われたことに驚いた。昨夜の宿と言い、スイスの宿はとても寛容らしい。

 女主人にお礼を言って荷を降ろすと、空腹だったのでまずは食料の買い出しに行くことにした。だが近くにスーパーらしきものはなく、結局は引き返して先ほどのおみやげ屋のおばあちゃんのお店で水とチョコを買って食べた。「私は耳が遠くてね〜」と言うおばあちゃんは可愛らしかった。

 その後はシャワーを浴びて洗濯を済ませると、今朝Orsieresで買ったガイドブックを読んだり、昼寝をして過ごした。

 夕方日が暮れる前にホテルのレストランへ行き、夕食にトマトパスタとアイスクリームを食べた。どちらも美味しかったが、気になる料金はベッド代込みで58CHF(6,380円)にまで膨らんでいた。これでも比較的安いほうなのだと思う。そう信じたい。

 女主人が親切にも「明日の宿も予約してあげようか?」と訊ねてきてくれたが、しっかり財布と相談しなければならないと思い、丁重にお断りした。でもありがとう。

 洗濯物を取り込むと、部屋へ戻り日記を書いて眠りについた。

本日の支出(1CHF=110円)

・レモン、パン、モモ、ヨーグルト 6.9CHF
・チョコ、水 6.4CHF
・ガイドブック 24CHF
・ベッド、夕食 58.3CHF
 合計          95.6CHF(10,516)円

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