Rome → Viterbo
寝たり起きたり食べたりを繰り返して、ようやくローマに到着。現地時間12時30分。一体何時間飛んでいたんだろう。時間の感覚は完全に麻痺している。
長距離フライトのせいか隣に座っていた10代の中国人と思しき女の子は完全に挙動不審というか落ち着きを失っていた。長時間狭い所で自分みたいな知らない男で座っているのは確かに、辛いかもしれない。
まだ10代に見える女の子も1人でローマに行くんだ。中国は裕福な人の数が多い国なのかもしれない。
上空から見たレオナルドダヴィンチ空港の周りは、牧草畑に囲まれた長閑な風景だった。僕が抱いていた大都会のイメージと全然違う。郊外だからということだろう。天気は良い。気温は20℃だとCAさんがアナウンスしてくれた。温かくて過ごしやすそうだ。
飛行機を一歩降りたら、匂いが全然違った。どこか都会でシステマティック。香水とよそよそしさ。外国の匂い。

人生で二回目のヴィア・フランチジェナ。今回の目的はローマに住む盟友パスクワーレに会うためであり、本場イタリアの美味しいエスプレッソを味わい尽くすことが目的だ。
空港の入国審査を終えてから展開が早かった。
まず、入国審査を通過すると、すぐにそのまま駅へ向かうことにした。
今回の旅の始まりの町Viterboへは電車で行かなければならないことは分かっていたので、駅に通じる出口と書かれたサインに従ってみることにした。
途中で駅の出口への場所を尋ねるため、美人モデル風イタリア人スタッフのお姉さんに話しかけた。緊張と語学力不足で何を言えたのかは分からない。だが彼女は僕の意図を察してくれて、「駅への出口はここよ!」と笑顔で対応してくれた。有難い。
初のイタリア人とのコンタクトは温かいものだった、幸先が良い。
駅へと通じる扉を開けると、そこには数台の券売機と、隣には鉄道会社の小さなカスタマーオフィスみたいなものがあり、テーブルと椅子に座ったまたしても美人のイタリア人女性が2人いた。何なの?イタリアの女性は基本的に美しいの?
電車のチケットの買い方がわからないことを1人の女性に伝えると、「チケットはここでは買えないわ。ここから外へ出て更に進めば、そこが電車乗り場で、チケットも買えるわ。私達の同僚が働いているから尋ねてみて。」とクールに言われた。もう1人の美人は僕がそこに現れたことさえ気づいていないかのように気だるそうにスマホをいじっていた。なぜかダルそうにスマホをいじっていることさえスタイリッシュだった。何その魔法。
やや突き放すような対応だったが、それが伝えられる情報の全てなのだ。そこで会話は終わり、僕は何はともあれ、駅を目指すことにした。
空港の建物から外へ出た。
これが、イタリアの空気か。
この場所の空気からだけでは何もかもを感じとれないが、空気はキリっとして新鮮だった。
出口を出ると、すぐ左にコーヒースタンドがあり、美味しそうなパンとコーヒーの香りが漂ってきた。冷えた空気に混じったそれらの匂いは温かみがあり、とても香ばしくてお腹が空いてきた。

イタリアで一発目のコーヒーブレイクにしようか。心の中で一瞬葛藤があったが、ここは移動を優先することにした。カフェに心惹かれながらも先ほどの美人イタリア人スタッフのお姉さんに教えてもらった通りに、地下道を反対側に渡って、再び地上に登ると駅に出た。
これは旅する中で(たくさんトラブルを経験して)体得したことだが、入国、出国、乗り継ぎ、搭乗や交通機関を使っての移動の必要がある時は、どれだけ時間に余裕があっても、食事やトイレより移動を優先した方が良い。それによって大体において物事が良い方向にスムーズに進んでいく。
やることをやって、行くべき場所へ着いてから、他のことはやればいい。今回もやはりそうだった。物事には然るべきタイミングがあるのだ。
チケット売場でイタリア人のおじさんからヴィテルボ行きのチケットを買った。おじさんは誰かと電話で夢中で話していて、チケットを求める人達が列を作っていても慌てる様子はなかった。これがイタリアのリズムなのか。これが日本ならお客さんはイライラして、文句を言うか睨みつけるかするところだが、待っているイタリア人もどこか「仕方ないな、全く」と言う感じでどこか悠長に構えている感じもする。
ようやく僕の番になり、行き先を伝えてチケットを買うと、「13時12分に電車が出る」と言われた。時計を見ると13時05分。
電車乗り場へダッシュしたことは言うまでもない。
乗り換えが不安だったので係の人(また美人)に尋ねると「Roma trastevere で乗り換えだよ!」と言われた。Roma trastevereまでいけば何とかなるだろう。その後のことはそこで尋ねよう。何だかよく分からないままバタバタととにかく乗車。
入口近くに座っていたおじさんの向かいに座った。話を聞けば彼は石工で、サンピエトロ大聖堂で働いているらしい。
色々話かけたり、話しかけられたりしが、お互いにほとんど理解できなかった。彼はイタリア語とスペイン語を話せるが、僕は日本語と英語しか話せなかった。
だが、身振り手振りやかつて少しだけ齧ったスペイン語、ほとんどは想像力を頼りに彼の言わんとすることを理解しようとしたし、彼も一生懸命にコミュニケーションを取ろうとしてくれた。その甲斐もあり少しは意思のやり取りはできた。
でも結局は言葉がどうこうの前に、彼が好奇心旺盛で穏やかで気の良さそうな人だったので、そのおかげで仲良くなれた。と言ってもいい。
乗り換えの駅に着くと彼が「ここで乗り換えだよ!」と教えてくれて、僕らは握手をして別れた。素敵な出会いだったし、いきなりサン・ピエトロ大聖堂と縁があったことも嬉しかった。
Roma trastevereで降りたはいいが、今度はどこでどの電車に乗り換えて良いかわからず、道ゆくマダムに尋ねた。彼女は、僕が行くべきプラットフォームを親切に教えてくれた。
今そのプラットフォームのベンチに座っている。
どこを見ても、とにかく鳩が多い。イタリアは鳩が多い国なのか、それともこの地域だけがそうなのかはわからない。気候は暖かい、むしろ暑いかもしれない。とても平和な雰囲気だ。

スペインの空気感に似ている。南欧の国々は似たような気候なのだろうか。緑も多いが壁の落書きも多い、それが車窓から眺めたローマの街並みの第一印象だった。
どこか気だるく、静かで、時が止まっているような、永遠の夏休みの中にいるような。
プラットフォームに電車が入ってきた。先ほど電車のことを教えてくれたマダムが、向かいのプラットフォームから「この電車よ!」って教えてくれた。親指を立てて、グッドラックというようなサインも送ってくれた。すごく親切な人だ。またしても素敵な出会いに恵まれた。
ローマ行きの飛行機の機内からもう何人もの人に親切にしてもらっている。静かに確実に導かれているような気がする。そしてやはりコーヒーとパンの香りに吊られてカフェに寄らなくて良かったと思った。
イタリアの空は高くて青い。夏のように大きな雲。心地よい日差し。何だか気だるい雰囲気と外国特有の香水の匂い。なぜかどこか懐かしい。何故だろう。
そういえばやけに静かだと思ったら、それまで周りにいた中国人達がいないことに気づいた。それは僕にとって少し寂しいことだ。彼らの賑やかさは、同時に僕にいつも安心感をも与えてくれるから。
通り過ぎる駅はどこも少し荒んでいた。タバコと散乱したゴミ、グラフィティと曇ったガラス。だがそれとは対照的に、突き抜けるように高く青い空。
イタリア人はもともとそういう顔つきなのか、悩める時を過ごしているのか、皆憂いた目をしている。途中の駅で高校生ぐらいの若者達が大勢電車に乗り込んで来た。彼ら彼女らはとても賑やかだ。一斉に乗り込んできたかと思えば、ワイワイ騒いで皆いつの間にかいなくなっていた。
電車の車窓から流れるイタリアの景色を眺めていた。空はどこまでも広がっていて、遠くには高い山々が見える。一歩引いてそこにある人々の暮らしに目を移せば、家のベランダには花々が咲き誇っていて美しい。さすがイタリア人。
突然、香りが記憶を呼び覚ました。その時は、懐かしくて、確かに知っているが、いつどこで嗅いだ何の匂いか思い出せなかった。だがそれは、今この瞬間ヴィテルボ行きの電車の中で嗅いでいるこの匂いだ。パンと香水と冒険の匂い。それはカミーノの匂いだった。
ローマからグングン遠ざかってヴィテルボに近づくにつれて、窓からは雑木林しか見えなくなった。もし巡礼路がこの電車の線路沿いにあるとしたら、この雑木林の中を歩くのだろうか?
例によって何も下調べしていないので、明日からどこをどう歩くのか皆目検討もつかない。不安と、そしてワクワクが入り混じった気持ちで、シートに深々と座り車窓から流れる景色を眺めていた。
「全てを委ねたい」僕の旅の根底にあるものはその気持ちである気がする。全くもって未知なるものに、大いなるものに身も心も委ねたいという気持ち。あるいは「信じたい」とも言える。何かがあると信じたい。この、人を旅へと駆り立てる気持ちを信じたい。
あるいは、それがどんな突飛なものであっても、狂ってると思えても、その純粋な自分の気持ちを大切にしてあげられるかどうか。それが全てであるかもしれない。



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