【ヴィア・フランチジェナ】 〜ローマへの道〜 2日目

サンティアゴ巡礼記

6月30日 Martighy → Orsieres

 起きたら9時38分だった。昨夜は蒸し暑くて寝苦しい夜だったが、いつの間にかぐっすりと眠り込んでいた。慌てて支度をして部屋を出たのが10時過ぎ。鍵を返してホテルを出ると、改めて荷を結び直して歩き始めた。

 まずは町のインフォメーションセンターへと向かった。ヴィア・フランチジェナ用の巡礼手帳を手に入れるためだ。今日は気温が高くとても良い天気だ。

町中で見つけたオブジェ。

 インフォメーションセンターに到着。スタッフのお姉さんに巡礼手帳について尋ねてみたところ、ここに巡礼手帳は置いていないらしい。だが「町のいくつかのホテルが持っているかもれない」と言ってそれらのホテルの場所と巡礼路のルートについて教えてくれた。

 インフォメーションセンターで教えてもらったHotel Alpes et Rhoneは広場の近くに建っていた。最初ホテルを見つけられないでいると、そこを通りがかった女性が「何か探しているの?」と声をかけてくれて、事情を話すとホテルの場所を教えてくれた。彼女の親切がとても嬉しかった。Hotel Alpes et Rhone は昨夜僕が泊まったホテルと同じで一階がBARになっていた。このタイプのホテルが多いのだろうか。

 BARにいた女性スタッフに巡礼手帳のことを尋ねると、ホテルのカウンターに座っているおじさんのところへ案内された。おじさんに事情を伝えたところ、彼は机の引き出しを開けて探し始めた。だがなかなか見つからず、「すまいないが、ここにはないかもしれない。」と言われた。

 僕らが二人とも諦めかけた時、たまたま開けた引き出しの中から、束になった巡礼手帳がどっさりと出てきた。この幸運に感謝した。

 5CFを支払い手帳を購入。おじさんに感謝してHotel Alpes et Rhoneを後にした。今度Martighy訪れた際はこの親切なご主人のいるホテルに泊まってみたい。

 町を出る前にカフェに寄って朝食を食べた。クロワッサンとオレンジジュースのシンプルなものだったが、身体がオレンジジュースを求めていたようでゴクゴクと一気に飲み干してしまった。

巡礼路を探しながらMartigyを歩く。

 カフェを出るとインフォメーションセンターのお姉さんからもらった地図を頼りに巡礼路を探して歩き始めた。まだ町のどこに巡礼路があるのかわからない状態からのスタートだ。

 Martighyの町中を歩いていて気づいたことがある。それは町の佇まいと人々の振る舞い方がとても優雅だということだ。何に対しても”優雅”なんて言葉は今まで使ったことがなかったが、スイスあるいはMartighyはその言葉がまさにピッタリくるようなところだった。

 小高い山々に囲まれるように町があり、その山手の線路沿いに巡礼路はあった。僕はようやく見つけた巡礼路をどこか懐かしい気持ちで歩き出した。これからまた巡礼の旅が始まるのだ。

これらのシールがどうやらヴィア・フランチジェナのルートを示す目印らしい。たくさんあるけど、どれが正式なものだろう。
こちらも目印。

 巡礼路を歩き始めてまず気づいたことは、ヴィア・フランチジェナはカミーノとは目印自体も違えば、目印の数も違うということだ。目印はあまり目立たないし数も少ないので、見つけづらく、見落としやすい。巡礼というより冒険に近かった。いやそもそも巡礼は冒険か。

線路沿いを歩く。

 途中で一度道に迷ってしまい、地元の小さなスーパーで道を尋ねた。スタッフの女性は親切に道を教えてくれた。そこでもう一つわかったことは、いくらスイスとはいえスーパーの物価はそこまで高くないということだ。リンゴ、レモン、ヨーグルト、パンを買って4.6CHF(506円)。昼食代だと考えれば日本より安いかもしれない。

 スーパーで教えられた道を歩いていくと巡礼路を見つけることができた。道は小さな駅の脇から線路を横断してその先の森の中へと続いていた。

町を離れやがて山道へと入る。馬も通行できると言うサインだろうか?

 やはり緑の中を歩くのは気持ちが良い。町の喧騒を離れて静かな森を歩き始めると、少しホッとしている自分がいることに気づいた。だが楽しいピクニック気分で歩けたのも途中まで。道は、登ったり下ったり大きな岩がゴロゴロ転がってたりと、次第に険しくなっていった。

 道は険しくなる一方だったが、山道を汗をダラダラかきながら歩いても不快感はなく、松や花の香り、美しい山々の景色に逆にエネルギーをもらっている気がした。

道が次第に険しくなってきた。
緑も深くなる。
道は倒木で塞がれていたりする。カミーノよりワイルドだ。

 Sembrancherという村で素敵な出会いがあった。歩いていてたまたま通りかかった家のホームパーティーに招待されたのだ。ご主人に「水でも飲んでいけ!ここの水は世界一だ!」と声をかけられ、水を飲ませてもらった。水は確かに美味しかった。さらにケーキやチェリーなども勧められて、気づけばすっかり家族団欒の中に混ぜてもらっていた。

 ご主人のお孫さんらしい19歳の青年は独学で日本語を学んでいるらしく、日本語で少し会話をさせてもらった。スイスの美しい村に、日本好きで日本語を学んでいる若者がいると知り、なんだか嬉しい気持ちになった。

ホームパーティーに招かれた時に飲ませてもらった地元の水。これがすごく美味しかった。

 僕がローマを目指して歩いているという話をしたり、家族の皆さんのことを聞いたりと楽しい時間を過ごさせてもらった。ちなみに今日はご主人の14人(聞き間違えでなければ)の子供達のうちの一人の誕生日らしい。明日も子供の誕生日で、明後日もまた違う子の誕生日らしい。14人も子供がいれば一ヶ月に二回以上誕生日がある月もきっとあるのだろう。パーティーは賑やかで皆幸せそうだった。

 家族の中で英語が喋れる女性が一言(皆フランス語を話しているようだった)

 「水が最高?食べ物が美味しい?人が親切?そんなのここじゃ当たり前よ!」

 「アルプスの水は毎日飲めるし、ほら!病気になんてならない。」

 ここはなんて素敵なところだろう。綺麗な水が流れ、花は咲き誇り、家族の笑い声に溢れている。人々を見守り、包み込むかのようにそばにあるアルプスの山々。それが当たり前のものとしてそこにある暮らし。僕は彼らに「ここは今まで訪れた中で一番美しい場所です。」と伝えた。それは本心だった。それを聞いた彼らは皆優しく微笑んでいた。

 あまり長居するわけにもいかないと思い出発することにした。席を立つと、僕を招いてくれた家の主人が家を出て巡礼路までわざわざ案内してくれた。彼はもどかしそうに英語で話したが、スイスを旅する自分がフランス語を話せないのがそもそも悪いのだ。彼は巡礼路について細かく丁寧に教えてくれた。なんて親切なのだろう。なんて尊い人なのだろう。

 僕は彼の温かい心に感極まった。彼の瞳の中に愛があるのを見た。不思議なことだが、僕は今彼と心が通じ合っているのを確かに感じていた。彼も同じように感じているようだった。目と目で何か大事なものが交わされたようだった。それはカミーノでCotoのオスピタレオやパスクワーレ、アントアンとの間で感じたものと一緒だった。

「メルシーボークー!」

 僕らは固い握手を交わして別れた。どうかこのご主人の家族に、これから先多くの幸せが訪れますように。

こんなところにのんびりと住んでみたい。

 予期せぬ素敵な出会いの余韻に浸りながら、再び山道を歩き出した。スイスの自然は本当に美しい。そこには香りと生命力がある。先ほどパーティーに招かれた時に”アルプスの水”を水筒に補充してもらっていたので、それをゴクゴクと飲む。(美味い!)改めて考えるとなんて贅沢なのだろう。アルプスの大自然の中を歩きながら、純度100%のアルプスの水で喉を潤す。「病気になんてならない!」と先ほど女性が言った気持ちがわかるような気がした。

家畜用の牧草。スケールが違う。自然と人の暮らしが作ったオブジェだ。

 次の村Orsieresには1時間ほどで着く予定だ。僕の他に歩いている人はいない。そういえば、スイスに着いてからここまで、巡礼あるいは巡礼らしき人など一人も見かけていない。出会った人といえば犬(野放し)を散歩するおじさんとハスキー犬を散歩している青年だけだ。

 青年とすれ違う時にハスキー犬が僕に興味を持って立ち止まった。犬を撫でさせてもらうと「彼女はとても優しい犬なんだ。」と彼は嬉しそうに教えてくれた。きっとこの犬の優しさは飼い主に似たのだろう。とても可愛らしい犬だ。彼は別れ際に「Orsieresまでは後10分ほどだよ!」と教えてくれた。

歩き疲れたら道端のベンチで一休み。

 18時にOrsieres到着。今夜は駅の近くのホテルに宿を取ることにした。ドミトリーで35CF。僕は受付の際に何も考えずポンっとクレデンシャルを出したのだが、その際のスタッフの反応がやや冷めた感じであることに気づいた。なるほど、”ここはカミーノではないのだ”。向こうはあくまで普通の対応だったのだと思う、僕が彼らに対してカミーノで泊まった”巡礼を庇護する存在”としての巡礼宿を期待していたのだ。ヴィア・フランチジェナはもっとビジネスライクらしい。

 だが好意を持って巡礼を受け入れてくれるのだから、ありがたいことだ。僕も少し鼻が高くなっていたのかもしれない。敬意と感謝を忘れないようにしなければ。部屋は四人用のドミトリーだったが、僕の他には誰もいなかった。荷を降ろしシャワーを浴びると一階のレストランで夕食を食べることにした。

 先ほど受付をした際に、巡礼者用の定食メニューがあることを教えてもらっていたのでレストランではその巡礼用メニューを注文。パン、ライス、かぼちゃのスープにチキン、デザートに焼きプリンまで出てきた。美味しいし、ボリューム満点だ。店員さん達はとても明るく気さくで、彼らのサービス精神には感動した。店員さん達は皆楽しそうに働いていた。仕事を心から楽しんでいるからこそ最高のサービスができるのかもしれない。

 自分の前に座っていたドイツ人らしき夫婦が、会計の時に店側と揉めていた。どうやら会計が正しくないと主張しているようだった。

 自分の場合はまだスイスフランの扱いに慣れておらず、会計の時にまごついた。小銭の出し入れに手間取っている僕を見て、店員さんが料金をまけてくれた。彼らの最高のおもてなしに対してきちんと支払いをしたかったが、「いいよ!」と言ってくれた。僕はただ「ありがとう」と言うことしかできなかった。僕らは握手をして別れた。

 なんて爽やかな人達だろう。僕はただただ嬉しかった。料金をまけてくれたことに対してではなく、彼らが僕に心をオープンでいてくれたことに対して、親しくしてくれたことに対して。

本日の支出(1CHF=110円)

・クレデンシャル 5CHF
・オレンジジュース、クロワッサン 3.9CHF
・リンゴ、レモン、パン、ヨーグルト 4.6CHF
・宿代 35CHF
・夕食代 27CHF
 合計          69.5CHF(7,645)円

 

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