アイルランド留学前夜 

『ピンチ、そしてチーズマフィン』

 今日は人生でも本当にピンチだと思った1日だった。

 飛行機で日本を発ち、まずは韓国の仁川空港に到着。予定では、仁川から中国の広州を経由して、さらにロンドンのヒースロー空港を経てダブリンへ向かうことになっていた。


 なるべく資金を節約しようと思い、今回の旅では格安航空券を購入。経由地が増え移動に時間がかかるが、仕事も辞めて時間と体力だけはあるから大丈夫だという算段だった。良い買い物をしたとさえ思っていた。だが、いかんせん僕は旅慣れしていなかったのだ…。

 飛行機を降りると、そのまま乗り換えの案内に従い、広州行きの搭乗ゲートまで移動した。だが、いざ飛行機に乗ろうとしたところで問題発生。僕はてっきり、そのまま乗り継ぎできるものだと思い込んでいたが、実際はできなかったのだ。

 それはなぜか。僕は今回いくつかの航空会社を使い、いくつかの国を経由してダブリンへと向かう予定だった。僕は先ほど日本から韓国へやってきたわけだが、韓国の次は中国へ飛ばなければならない。

 そこで問題となったのが、日本から仁川までの航空会社と、仁川から中国広州までの航空会社が違ったことだ。違う航空会社の乗り継ぎの場合、到着した際に一度入国手続きをして、次に搭乗する航空会社のカウンターでチェックインし直してから、また保安検査場を通過して搭乗ゲートへ来なければならないらしい。考えたら当たり前のことだが、僕は何も考えていなかった…。

 搭乗ゲートのお姉さんは悲壮な表情を顔に浮かべながらそう教えてくれた。この時点で既に、出発まで15分ほどしかなかったと思う。結果どうなったか。

 僕は飛行機に乗れなかったのだ…。

 韓国人のスタッフの方々には大変お世話になった。皆親切で、嫌な顔一つせず、場所を案内してくれたりと、僕を助けてくれた。それとは対照的に、某航空会社の電話対応は寒気のするほど冷たいものだった。これが一番応えたかもしれない。とにかく、僕はショックを受け、動揺していた。

 途方にくれた僕は、ひとまず温かいコーヒーを飲むことにした。

 空いたシートに腰を下ろし、人々が慌ただしく行き交うのを眺めながら、何も考えずにただコーヒーをすする。コーヒーの香ばしい匂いに包まれているうちに、それまでの不安や絶望感が小さくなっていった。気づけば気持ちも前向きになっていた。本当に不思議だ。

 困った時は一息つくことも大切なことらしい。

 旅は始まったばかりだ。諦めずに行動しよう。一杯のコーヒーに元気づけられた僕は、早速動き出すことにした。

 何はともあれ、まずはダブリン行きのチケットを購入しなければならない。ここでも韓国人スタッフにお世話になりながら、はやる気持ちを抑え、仁川空港の地下一階にある旅行代理店を訪ねた。

 こじんまりとしたオフィスには、韓国人の若いお兄さんが一人デスクに座っていた。見るからにスマートで仕事ができそうだ。話してみると、対応がとても丁寧で物腰が低い。そして、やはり仕事ができた。

彼は僕の置かれた状況を理解すると、現在購入可能なダブリン行きの航空券をすぐに提示しくれた。それぞれの出発時間、フライト時間、経由地、金額をさっとメモしていく様子は、見とれてしまうほどに手際が良かった。

 いくつか提示してもらったプランの中から、香港経由でダブリンに向かうチケットを選んだ。出発が一番早かったのが理由だ。9万円ほどかかったが、やむを得ない。勉強代だと思うことにした。

 無事にチケットを購入すると、代理店のお兄さんにお礼を伝えて、オフィスを出た。お兄さん本当にありがとう。その後すぐにチェックインを済ませ、保安検査場を通過すると、搭乗ゲートへ向かった。

 搭乗ゲート前に着くと、空いたシートにドサっと腰を下ろした。仁川空港の大きなガラスの向こうに、真っ赤な夕日が沈もうとしているのが見えた。

 なんだかお腹も空いたので、売店でチーズマフィンを買った。赤橙の夕日を眺めながら、シートに深く腰掛けてチーズマフィンを食べる。こんなにしみじみとチーズマフィンを食べたのは、これが生まれて初めてかもしれない。

 何はともあれ、チーズマフィンをもぐもぐ食べながら、僕は安堵のため息をついたのだった。

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