『光と闇~ヨガが教えてくれたこと~』
6月3日 Molinaseca → Cacabelos 23.3km
今朝は珍しく曇っていた。そのせいかわからないが、何だか気持ちも今ひとつ乗ってこない。アルベルゲの入口に置かれていた自動販売機でホットチョコレートを買い、昨日買ったパンとチーズでボガディージョを作るとアルベルゲのテラスで朝食を食べた。
簡単な朝食だったが食べているうちに段々と元気が出てきた。”何となく気分が乗らない朝は、ゆっくりと朝食を食べると元気になれる”それは1ヶ月が経とうとしているカミーノ生活で学んだことの一つだ。
今朝は暑くもなければ寒くもない歩くにはちょうど良い気温だった。2時間ほど歩くとポンフェラーダに到着。
ポンフェラーダは、6万3000人ほどが住んでいる都市らしいが、道のすぐ脇には牧草のロールが転がっていたり、そこらを鶏が走り回っていたりと、のどかで親しみ易い街だった。
街の入口にあった店で食料を買い込むと、街の中へと進んで行った。
街の中へと進んでいくと、街のシンボルであるポンフェラーダ城が現れた。城は今なおその姿をほぼ完璧に留めているように見えた。
仮に、「明日敵が来るぞ!」と言われても、手練れの騎士達がすぐに城の防御を固めて、それぞれの持ち場に着くと「いつでも来い!」と臨戦態勢に入れそうだ。
城を見学する前に一休みしようと城の向かいのバルへ入った。コーヒーをすすり体力を回復させると、城見学をするため意気揚々と城門へ向かう。
がしかし、今日は何と定休日だった…。
ポンフェラーダ城見学を楽しみにしていたのでとても残念だったが、これも何かの巡り合わせなのだろう。
僕が計画したスケジュールとカミーノが僕に用意してくれるスケジュールは往往にして違っている。最近そう思うようになってきた。
それにきっと、現代の城と騎士には定休日が必要なのだ。
ポンフェラーダに一泊して明日城を見学する、という気にもなれず城の外にあった観光案内所で記念にスタンプを押してもらうと先へ進むことにした。
ポンフェラーダの街中のATMで資金を調達し、本屋でスペイン語会話集を購入すると、並木沿いのベンチに座りバナナとモモとヨーグルトの昼食を食べた。
モモを食べるのはスペインに来て初めてだったが、甘くて美味しかった。並木道のすぐそばには幼稚園があり、遊んでいる子供達の元気な声が聞こえてくる。日本であれスペインであれ子供達は元気一杯で可愛らしい。
ポンフェラーダを出るとフエンテス・ヌエバス、カンポナラジャなど小さな村々を通過し先へと歩き続けた。村を通り抜け、乾いた道を歩き、森を抜け、やがてカカべロスに到着。
その後も歩き続け、カカベロスも通り抜けてその先へ進むつもりでいたのだが、カカベロスの出口付近に建つ公営アルベルゲの前を通りがかったところで足が止まった。
何だか急に疲れを感じて「今夜はもうここに泊まろうかな」と思い始めた。そんなことを考えているうちに、身体はスーッと吸い寄せられるかのようにアルベルゲの門をくぐっていた。
受付には感じの良いオスピタレアがいて、手続きをすませると部屋の番号を教えてくれた。アルベルゲは教会の敷地内にあるようで、教会の建物をグルっと取り囲むように長屋が建てられていて、二人部屋の個室がずらっと並んでいた。
時刻は17時前で、アルベルゲにはすでに多くの巡礼達が到着しており、各々寛いでいる。自分の部屋を探して歩いていると、スペイン人のゴンサロと再会した。
話を聞けば、一緒に歩いていたカナダ人のジェウェンニは今日帰国したらしい。そのせいかゴンサロは元気がなく、
「昨夜ジェウェンニの送別会をしてあまり寝ていないから昼寝する。」
と言ってしょんぼりとした様子で自分の部屋へ戻って行った。
自分の部屋を見つけて荷を降ろすと、支度をして外のシャワー室へ向かった。シャワー室を探して歩いていると、今日カミーノで知り合った女性巡礼と再開した。
彼女は今日、灼熱の日差しの中で帽子を被らずに歩く僕に
「あなた帽子被らないとダメよ!」と注意してくれたのだった。今回も彼女が「ここのシャワーは最高よ!ちょっと熱いけどね!」と教えてくれた。
巡礼路で「ブエン・カミーノ !」と一言挨拶をしただけの仲なのに、一回り以上年上に見える彼女は何でこんなにも親切にしてくれるのだろう。姉が弟にするように世話を焼いてくれる、その彼女の優しさは一体どこからくるのだろう。
彼女の言う通り、アルベルゲのシャワー室は明るくて開放的でとても気持ちが良かった。すっかりリフレッシュした僕はカカベロスの町中へ買い物に出かけることにした。
歩きながら、何だか変な感じがしていた。だがそれが何なのかわからなかった。その後事件が起きるまでは…。
カカべロスの食料品店のおばちゃんはなぜだかピリピリしていて、「品物には触らないで!」と言ってきたり、「ヨーグルトのパックは分けないで!」と注意されたり、今まで訪れたお店とは全く雰囲気が違っていた。買い物をしている間中、おばちゃんはずっと僕を監視していた。僕は何だかモヤモヤしながら買い物を済ませた。
気を取り直して、カカべロスの様子をのんびり眺めながら歩いた。ぶらぶら歩いていると、今度は向かいから町の住人らしきおじさんが歩いてきた。
そのおじさんが、こちらへ歩きながら、僕に向かって何か言葉を発しているのに気がついた。それをよく聞いてみると、
「チ〜ナ〜!チ〜ナ〜!」
と言っているようだった。
最初は何のことだかわからなかったのだが、突然”ハッ!”と気がついた。「チナ」とはスペイン語で中国人を意味する言葉で、その言葉は同時にアジア人に対する差別用語として使われると聞いたことを思い出した。
自分は今、面と向かって白昼堂々差別を受けていた。最初は上手く状況が飲み込めずに唖然としていたが、次に思い浮かんだのは”21世紀にまだ差別は存在したのだ!”ということだった。
これまでの人生、差別に関してはテレビや本や映画でしか接する機会がなく、どこか別の世界で起こっていることのように感じていた。
なので、そんな別世界の出来事がまさか自分の身に降りかかってくる日が来るなんて思ってもみなかったのだ。
「差別って本当にあったんだ…」そんなことを考えている間も、その太っていて葉巻をくわえたスペイン人のおじさんは
「チ〜ナ〜!チ〜ナ〜!」
としつこく絡んできた。
僕がそれを無視して通り過ぎようとすると、葉巻を持っていない方の手で、僕が先ほどお店で買った食べ物を「よこせ!」という感じで挑発してきた。
それを無視して歩き去ろうとすると「グラシアス!」と不敵な笑みを浮かべながら言ってきた。完全に動揺していた僕はなぜかとっさに「グラシアス!」と言い返していた。我ながら意味不明だが、ありがとうと言われたらありがとうと言いたくなるのだ。金子みすゞの詩のように。でも僕はそれぐらい動転していた。
チナおじさんを振り切って村の中心部を抜けると、少しずつ気分は落ち着いてきた。だが今度は次第に悲しい気持ちになってきた。「大好きな国スペインで、10年以上ずっと夢に見てきたカミーノで、なぜこんな思いをしなくてはならないのだろう…」そんなことを思いながらアルベルゲへ一人とぼとぼと歩いて帰った。
アルベルゲへ辿り着くまで、地元のスペイン人とすれ違う度にドキドキする自分がいた。巡礼同士は、国や文化を越えて仲間意識があることを知っていたので、一緒にいて安心できた。
アルベルゲへ帰り着くと、広場に置かれたベンチに座り、買ってきたオレンジとヨーグルトをしょんぼりと食べた。
今日はもう部屋へ戻って休もうと思い、部屋へ戻りかけたところで昼寝から目覚めたらしいゴンサロにばったり会った。
彼は持っていたアーモンドを勧めてくれて、二人でベンチに腰を下ろすとしばらくアーモンドをボリボリ食べながらとりとめのない話をした。カミーノのこと、ジェウェンニのこと、その他いろいろなこと。だがついに差別を受けたことについては話すことができなかった。
だけれど、悲しみに暮れていた僕にとって、人と話せることがとても嬉しくて、その時はいつも以上におしゃべりになっていたと思う。
これからヨガをするというゴンサロにヨガを教えてもらえることになった。二人でアルベルゲの隣の小さな公園に移動すると、草の上で裸足になり”ヨギ”ゴンサロのヨガレッスンは始まった。
まずは草の上に座り、目を閉じて深呼吸をする。聞こえてくる木々のざわめきが心地良く、温かい木漏れ日が身体に優しく触れた。公園でヨガをするのが好きだというゴンサロの気持ちがわかるような気がした。
心を落ち着けた後、ヨガのレッスンが始まった。体幹の捻りに重点を置いたポーズが中心で、日々の歩行で凝り固まった筋肉がグーッとと引き伸ばされ、逆に最近使われていなかった筋肉は叩き起こされた。あまり柔軟性のない僕にはややハードだったが、やっていくうちに爽快感を感じ始めた。
僕らがヨガをした公園の向かいには老人ホームがあって、そこの入居者らしいお年寄りが5、6人公園に散歩に来ていた。時に恥ずかしいポーズをとっている僕らを、彼らが怪訝な顔で見ている気がしたが
「気にしない!」
とゴンサロに言われ、黙々とポーズを続けた。
散歩中のお年寄りの心は、おじさん巡礼二人の様々な怪しいポージングによってかき乱されたかもしれないが、自分の中では全く逆のことが起こっていた。
先ほどの差別によって受けた痛みや悲しみが、様々なポーズをするごとに段々と薄らいでいくのを感じた。
一通りポーズをし終えると、再び草の上に座り、目を閉じて深呼吸をした。すると木々や風や夕暮れの光が、僕の心に優しく語りかけてくるようだった。
とても清らかな気分だ。ヨガの効果に驚くとともに、ゴンサロに対する感謝の気持ちで一杯になった。
ヨガのレッスンを終えると、ゴンサロと握手を交わしてアルベルゲへと戻った。ゴンサロは
「僕は公園を散歩してから帰るよ。ヨガの後の散歩はとても気持ちが良いから。」
と言って散歩に出かけた。
たった一言の悪意ある言葉で、今までと、そしてこれからのカミーノが全部台無しになってしまうような気さえしていた僕だったが、ゴンサロとのヨガの後は今日がいつもと変わらない良い一日だったような気さえしていた。
薄暗い闇がこの世界にはある、だがそこには同時に、全てを照らし出す光もまたある。
カミーノが僕に見せてくれたもの、それは巡礼同士の深い絆と、差別という僕らを分かとうとする力、その光と闇のコントラストだった。
本日のアルベルゲ
Santuario de la Quinta Angustia (Cacabelos)
Tel : (+34) 674 323 774
Email : albergue@cacabelos.org
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公営アルベルゲ
営業期間 5月1日〜9月30日 12時〜23時 (期間外は替わりの宿泊施設で受け入れます)
・宿代 6€
・ベッド数 70(二人部屋が35室)
・冷蔵庫
・リビングルーム(外に共用スペースが有ります)
・シャワー室 8
・お湯
・洗濯場/物干し綱
・ロッカー
・自動販売機
・コーヒーマシン
・コンセント
・薬箱
・インターネット(Wi-Fiがあります)
・公衆電話
・コンセント
・中庭(食事や会話ができる中庭があります)
・駐輪場
本日の支出
項目 | € |
ナポリタナ | 0.8€ |
食材 | 3.54€ |
コーヒー | 1.4€ |
ATM手数料 | 5€ |
本 | 7.5 |
スムージー | 3.5 |
宿代 | 6 |
ヨーグルト、オレンジ | 2.05 |
水 | 1 |
合計 | 30.79 |
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