【サンティアゴ巡礼】フランス人の道 – 23日目 –

サンティアゴ巡礼記

『皿の上と皿の周り〜然るべきタイミングと無慈悲な車社会〜』
5月28日 Oncina → Hospital de Orbigo 22.3km

 6時頃に目覚めると、日本の友人から届いたメッセージに返信した。日本から届くメッセージは今の僕にとって何よりの励みになる。気にかけてくれる人がいるということは何と有難いことなのだろう。

アルベルゲの猫チカ。キリッとした表情をしている。

 一旦寝袋から出てしまうと、朝の支度に始まり次のアルベルゲでゆっくりするまで絶え間なく動かねばならない。速度は調節できるにせよ、そこには一連のルーティンが発生するのだ。

 なので朝目覚めてから寝袋を出るまでの時間は、1日の中で一番ゆっくりできる時間かもしれない。そんなことに最近気がついた。目覚めてからすぐには起き上がらずに、しばらくの間ぼーっとしていると、不思議と心にゆとりが生まれる。今朝も寝袋の中で1時間ほどゆっくりしてから、7時前に準備を始めた。

アルベルゲの犬モナ。

 支度が整うと一階の食堂で朝食を食べた。朝食代は1€だったが、テーブルの上にはとても1€とは思えない豪華な朝食が用意されていた。朝からアルベルゲのホスピタリティに驚かされる。同席したオーストラリア人の女の子、アイルランド人の男の子、ドイツ人のおじさんとおしゃべりしながら楽しく朝食を頂いた。

 今回のカミーノを歩き終えて、もしもまた幸運にも再びカミーノを歩く機会に恵まれたのなら、このアルベルゲにはもう一度泊まりたい。そう思ってしまうほどにEl Pajar de Oncinaは居心地の良いアルベルゲだった。

アルベルゲEl Pajar。最高のひと時をありがとう。

 今日は暑くもなければ寒くもない、歩くのには丁度良い天気だった。おまけに体調も万全で足取りも軽い。昨夜次の目的地をどうしようか考えていたところ、El Pajarのオスピタレアが一軒のアルベルゲを勧めてくれた。

 それはビジャレス・デ ・オルビゴという村のアルベルゲで、ビジャレス・デ ・オルビゴはオンシーナからは大体25kmほどの距離がある。El Pajarのオスピタレアが勧めてくれるのだから、そのアルベルゲもきっと僕好みに違いない!

 ということで、今日はそのビジャレス・デ ・オルビゴの村のアルベルゲを目指して歩くことにした。

 昨日に引き続き古い巡礼路を歩き始めた。歩いている巡礼は少ないし、車は通らないし、のんびり歩くには最高のルートだ。途中、道の脇で目を細めながら美味しそうに草を食むウサギを見かけた。この道の静けさはウサギが朝食を食べるのにも最高みたいだ。

食事中驚かせてごめんなさい。

 ウサギと別れ(長い時間観察していた)しばらく歩くと、今朝一緒に朝食を食べたアイルランド人の男の子に追いついた。彼は僕より先に出発していたのだが、左足のふくらはぎ辺りを怪我していて、ゆっくりと歩いていた。話を聞けば状態は思わしくないようだった。

今日はアスファルトの道が多かった。

 ふと今朝の朝食の席でオーストラリア人の女の子が話していたことを思い出した。
「自然豊かな所を歩くのは確かにハッピーなことだけど、そうではない所を歩く時もハッピーでいることの大切さを学んだわ。」
と彼女は言っていた。彼女はその貴重な学びを、確かブルゴス手前の人間味の欠落したあの工業地帯で得たらしい。

 彼女には本当に感心した「良い出来事にはもちろん、そうでない出来事にも心を開き、感謝して受け入れる」「そうすればどんな状況にいても物事の良い面を見つけることができる」ということだろうか。足は痛そうだが、じっくりと景色を眺めながら歩いているアイルランド人の男の子にも、何かしら怪我の功名があったのかもしれない。

粋なことをする人がいる。

 彼と別れた後、チョサス・デ ・アバホを通過し、車道沿いをひたすら歩くと、ビジャル・デ ・マザリフェに到着。村の中を歩いていると、後ろを歩いていた巡礼が
「バルもスーパーも開いてない!」
と嘆きながら追いついて来た。きっと彼はお腹が空いていたに違いない。村の出口にようやく一軒のお店を見つけ、
「バルがあった!」
と大喜びした彼だったが、店の前にいた巡礼が、
「ここはバルじゃないし、コーヒーもないわ。」
と残念そうに彼に伝えていた。そう告げられた彼のリアクションは見なかった。僕は休むことなく歩き続け、マザリフェの村を後にした。

自転車巡礼も気持ちが良さそうだ。

 今日は不思議と疲れを感じず、次の村ビジャバンテまで一気に歩き通した。ビジャバンテに着いた時には時刻は12時だった。13〜14時の最も暑い時間帯に歩くのを避けるため、村のバルで一休みすることにした。

広大な放牧場。牛達ものんびりとして気持ち良さそうだ。

 バルの中は、外の眩しさとは対照的に薄暗く、物静かな店主がカウンターに肘をつきながら外をぼんやりと眺めていた。テラス席では数人の巡礼が休んでいたが、広い店内には誰もいなかった。

 今朝はオンシーナでお腹一杯朝食を食べたのだが、オンシーナからここまで4時間半歩きっぱなしだったのでかなりお腹が空いていた。コーヒーとナポリタナを頼み、昼食をとりながら日記を書き始めた。ざわざわと人気のあるバルも居心地が良いけれど、静かなバルも物を書くには最適な空間だ。

塀の向こうから顔を出す花々。

 日記を書くことに没頭していると、1人の女性巡礼が話しかけてきた。
「もう準備はできた?私は出発するわ!あなたは今日どこからスタートしたの?」
とても気さくで明るい女性だった。彼女としばらく話をして出発を見送ると、時刻は14時になろうとしていた。

 歩き出すには丁度良い時間だ。カミーノには然るべきタイミングのようなものがあり、それを知らせてくれる出来事がある。最近はそんな風に感じることが多い。

日向は焼けつくようだが、風は冷たくて木陰はとても涼しい。

 14時を過ぎると暑さは次第に和らいできて、Tシャツ一枚で歩いていると涼しく感じるほどだった。村を出るとしばらく電車の線路に沿って歩き、その後線路から遠ざかるように巡礼路を進んで行くと、やがて車の行き交う音が聞こえてきた。

線路と巡礼路。この路の先には何があるのだろう。

 進むにつれて車の音はより大きくなり、巡礼路を大きな車道が寸断している所へ出た。大きな道路の向こう側に巡礼路は続いており、狂ったようなスピードの車が道路を絶え間なく走っていた。車が途切れるタイミングを見計らって車道を横断しなければならないらしい。

 車のドライバー達は、車道を渡ろうとする僕を気にかける様子は一切なく「ここはサーキットであり、レースの邪魔をすることは誰にも許されていない」という感じで走っていた。

 彼らには彼らの事情があるのかもしれない。きっと止まりたくても止まれないのだ。しばらく車の流れが途切れるのを待っていた。あまりにスピードが出ているので、遠くに見える車も一瞬で僕の前を通過する。

 ついにその車の切れ目を見つけ、走って渡った。何せ重いバックパック背負っているので上手く走れない。渡ること自体はほんの3秒か4秒しかかからなかったが、僕は冷や汗をかきとても恐怖を感じた。無事に再び歩き出すと、しばらくは無慈悲な車社会について真剣に考え込んでしまった。

 考え込んでいるうちに気づけばオスピタル・デ ・オルビゴに着いていた。どうやら恐怖の車道のこちら側はすでにオスピタル・デ ・オルビゴだったみたいだ。目指すビジャレス・デ ・オルビゴも近いに違いない。

オスピタル・デ ・オルビゴ到着。

 村の中へ進んで行くと、突如現れた大きくて立派な橋に驚いた。プエンテ・ラ・レイナの橋も素晴らしかったが、オルビゴ橋もまた見事だった。橋の下を流れる川では地元のおじさんがフライフィッシングをしていた。

オルビゴ橋。見るからに長い。左の人は下でフライフィッシングをしているおじさんに話しかけている。
オルビゴ橋の下でフライフィッシングをするおじさん。

 その長いオルビゴ橋を感嘆しながら渡っていると、橋の下に何かの競技場があることに気づいた。どんな競技が行われるのかはわからないが、広くて立派な競技場だ。

橋の下の競技場。乗馬か何かするのだろうか。

 ゆっくり橋を吟味しながら渡った。”一気に渡るのが勿体無い橋”に出会ったのは初めてかもしれない。凹凸や変色の一つ一つに味わいがあって、重ねてきた年月を感じさせられる。それがなんとも言えず良い。時間をかけてオルビゴ橋を渡ると、どうやら村のメインストリートらしき広い道に出た。

村のメインストリートに飾られていた旗。よく見ると痛々しい…。

 村のメインストリートに立ち並ぶ建物の間には、何やら色とりどりの小さな旗が万国旗のように掛けられていた。風にはためくそれらの旗は何かのお祭りの飾りだろうか、旗には甲冑を纏った騎士の絵が描かれていた。まるで中世のお祭りにタイムスリップしたような気分だ。

僕は中世にタイムスリップしてしまったのだろうか。

 オスピタル・デ・オルビゴのメインストリートを進んで行くと、向こうから歩いてくる女性に話しかけられた。誰かと思えば韓国人のオンニだった。サングラスをかけていたので僕は最初オンニだとわからなかった。

 僕に気づいた彼女は
「アルベルゲを探しているのかい?私らはここに泊まってるよ!5€!安いよ!」
と彼女らが今夜宿泊するらしい公営のアルベルゲを紹介してくれた。偶然にも、彼女と出会ったのはそのアルベルゲの入口だった。当初の目的地であるビジャレス・デ ・オルビゴはもう少し先だったが、これも何かの縁だと思い、今夜はオンニ達と同じアルベルゲに泊まることにした。

村のメインストリート。シエスタの時間帯だったので人気がない。

 オンニに
「ここに泊まりたい!」
と伝えると、彼女は早速アルベルゲの玄関から素敵な中庭へと案内してくれた。オンニ達は本当に世話好きで素敵な人達だ。

アルベルゲの中庭。緑にとても癒される。

 小さくて、静かで、寛げる。オスピタル・デ・オルビゴの公営アルベルゲには僕の好む要素が全て揃っていた。オンニに
「カムサハムニダ!」
とお礼を言うと、やがて現れたオスピタレアに受付をしてもらった。

 無事にベッドを確保すると、シャワー、洗濯をして買い物に出かけた。同じ宿の巡礼から村の中にある大手スーパーの場所を聞いていたので、そこへ行ってみた。だが教えてもらった道を辿ってみても、スーパーは見つからない。場所を聞き間違えたのだと思い、一旦アルベルゲへ戻ってオスピタレアに再度場所を尋ねてみた。

アルベルゲの休憩スペース。靴に花が似合うのはカミーノぐらいではなかろうか。

 すると彼女は
「村にはもう一つ小さな食料品店があるから、そっちに行ってみたら?」
と提案してくれた。彼女の勧めてくれたお店は、アルベルゲの近く、オルビゴ橋のたもとにあった。

 一度目訪ねた時はシエスタ休憩中で閉まっていたが、しばらく散歩してからもう一度行ってみるとお店は開いていた。広くはない店内だったが、品揃えは豊富だし、店員さんはとてもにこやかで会計の時はおまけまでしてくれた。味をしめた僕はそれ以降、買い物はなるべく村や町の小さなお店でするようになった。

村のいたるところに騎士の絵が描かれていた。

 とてもホクホクした気持ちで買い物を終えると、村のメインストリートに置かれたベンチに座り、夕食までのつなぎにクッキーをボリボリと食べた。

 僕はカミーノでボガディージョの次ぐらいにクッキーを食べていた。我ながら、ボガディージョとクッキーでよく毎日何十キロも歩けるものだと思う。ベンチでクッキーをボリボリ食べながら、満足いくまで村を眺めていた。巡礼が村を通って行く様子や、村人の暮らしぶり、昼下がりの村の景色は見ていて全く飽きなかった。

飾られた旗はチベットのルンタのように風になびいていた。

 散歩と買い出しを終えてアルベルゲへ戻ると、夕食の支度に取り掛かった。キッチンでは、フランスでシェフをやっているという巡礼が何やら美味しそうな料理を作っていた。彼の調理は流石に手際が良く、その一つ一つの作業は画家が絵を描いているかのようにとても繊細だった。僕が知らなかっただけで、料理とは芸術らしい。

 彼の作る料理は、僕が作るキムチ鍋のシメに麺を入れたようなポモドールパスタとは根本的に何かが違っていた。その違いは、彼の料理が美術館に飾られている絵画だとしたら、僕のパスタは工作の時間に粘土で作ったハニワか何かだった。”何をどこまで求めるか”という意識の違いが皿の上に結果として出ていた。意識の差、それが彼をエンターテイナーにし、芸術家にしていた。

 彼が調理を終えてキッチンを出て行くと、僕は例によって真っ赤なポモドールパスタを作って食べた。韓国人の女の子がキッチンにやってきて、レンジでインスタントのピザを温め始めた。彼女は韓国でセラピストをやっているらしい。

 何はともあれ彼女にプリンをおすそ分けした。すると彼女はピザとヨーグルトを分けてくれた。そんなつもりはなかったが、彼女の優しさのおかげで僕の夕食は一気に華やいだ。そこへやってきたオンニ達にもプリンをあげた。彼女らもまた喜んでくれた。

 キッチンでは高い語学力は要らない。手持ちの食べ物を「よければどうぞ!」と相手に差し出す、ただそれだけでいい。毎回ドキドキするけれど、相手に喜んでもらえた時の嬉しさと言ったらない。

 僕と韓国の友人達は全く手の込んだ料理はできなかったが、そこには分かち合える喜びと人々の嬉しそうな笑顔があった。皿の上も大事だけれど、皿の周りはもっと大事なのだと思う。

本日のアルベルゲ

Albergue Parroquial Karl Leisner (Hospital de Órbigo)

 Tel : (+34) 987 388 444 / (+34)661 994 238
 Email : info@alberguekarlleisner.com
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 私営アルベルゲ
 年中無休 11時〜22時30分 
 予約可

 ・宿代 5€
 
 ・ベッド数 92

 ・キッチン(電子レンジ有り)
 ・冷蔵庫
 ・リビングルーム
 ・会議室
 ・シャワー室 5
 ・お湯
 ・暖房設備
 ・洗濯場/物干し綱
 ・自動販売機
 ・コーヒーマシン
 ・コンセント
 ・薬箱
 ・インターネット
 ・コンセント
 ・公衆電話
 ・庭
 ・駐輪場

本日の支出

項目
コーヒー、ナポリタナ2.2
食材4.8
宿代5
キッチンのコンロ使用料1
合計13
1,625円(1€=125円)

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