Saugues → Saint-Alban-sur-Limagnole 32km
午前中はカッパを着て歩いていると暑かったが、昼からは天気が荒れてきたので、むしろ寒く感じた。
吹きつける雨混じりの風、天気はどんよりと薄暗い。道はぬかるんでいて、そこらじゅうに水溜りがあった。

「あ、」雪が降ってきた。
冬のフランスに対して僕の装備は貧弱だった。ジーンズにランニングシューズ、どちらも替えはない。自分で自分を映画「ホビット」の主人公ビルボ・バギンズみたいだと思った。出発の朝バッグパックにとりあえず必要そうなものを詰め込んで、朝慌てて家を飛び出してここまで来た。
フランスに来てから何度も「クレイジーだ」と言われた。でもだ、
人生、どこかでバカなことができなくなると、自分を見失ってしまいそうな気がする。世界が思う「正しい」とか「当たり前」とか「賢い」といった基準と、自分の心の望む生き方は同じではない。
むしろその世間が言う100%「正しい」人なんて見たことも聞いてこともない。誰かに連れてきて欲しいと言っても、誰1人としてそんなことできないはずだ。もし本当その「正しい人」がいたとしても、その人こそ一番狂っていると、僕は思う。
そういえばジョブズも言ってた気がする。「Stay Hungry , Stay Foolish . 」と。
天気は荒れていく一方だったが、僕の心の中は全く違っていた。雨だろうが雪だろうが泥んこだろうが、関係ない。むしろそれすらも愛おしい。吹きつける風を浴びて、雨の雫を浴び、鮮烈な寒さは心地よく。激しく踊るように舞う雪は、幻想的にすら見えた。今の僕の心は再びカミーノを歩ける喜びで満ち溢れていた。ただそれだけだった。

「I feel alive ! Amazing !」
そう何度も心の中で叫んだ。鮮烈な生きている感覚。そしてその喜び。なぜなら、踏み出す一歩一歩が僕にとっての未踏の地であり、夢の実現。20年近く前に夢に描いていた憧れの場所に、「カミーノを歩くならル・ピュイから」と考えていたルートに今僕はいるのだ。信じられない。
心の状態は置かれた状況より果てしなく大きいし、夢を望み、描くことは「このまま続いていきそうな現実」という壁をぶっ壊してしまう。
これは現実なのか夢なのか、激しく荒れる幻想的なフランスを僕とマイケルは歩き続けた。
ほぼ休まずに歩き続けた僕らも、昼頃になると歩き疲れてお腹も空いてきた。しかしゆっくりできそうな場所はない。どこか屋根のある場所で温かいものを食べたかったが、それらしい店もない。そんな時、カフェの看板が一つ道端に出ていた。僕らはそれらの看板が僕らをどのように裏切るかを十分知っていたが、それでもなお盲目的に信じたくなるほどにクタクタだった。そしてついに僕らは一縷の望みを託して、その看板の指し示すカフェに向かって巡礼路を逸れて歩き出した。

「空いてなければまた戻ってくればいいさ!」と、僕はともかく、いつもは用心深いマイケルも楽観的になっていた。
そして30分後、僕らの期待はやはり裏切られた。カフェは空いておらず、僕らは打ちのめされた。近くに広場があったので、そこに置かれたベンチで冷たい風に吹かれながら、硬くなったパンとチーズとチョコを齧った。僕らは黙ってムシャムシャとと味気ない昼食を食べた。
僕らが重い気分でいたのには、いくつか理由があったと思う。まず、カフェで休めなかったこと。僕らはすでにクタクタだった。二つ目に、天気がますます悪くなっているように思えること。三つ目に、僕らは今日のうちに残り20キロを歩かなければならないこと。そして四つ目に、今日は冬至であり、日が沈むのが早いこと。しかももう時刻は昼過ぎだった。
僕らが真に試される時、状況が2倍悪くなることはない。それは大抵3倍あるいは、4倍悪くなる。手に負えないぐらい圧倒してくる。そうでなければならないらしい。

標高が上がるにつれて雨と風が強まり、嵐みたいなってきた。嵐みたいでなく、これは嵐だ。
僕がマイケルに「ストームみたいだ!」と言うと「ただちょっと風が強いだけさ。」とマイケルに言われた。彼のタフさは一体どこから来るんだ。それに彼は、スマホで常に僕らの現在地と残りの距離を確認してくれていた。どこまでも冷静だ。
「ヒロ、カミーノを楽しんでいるかい?」と突然マイケルが聞いてきた。僕が嵐に打ちのめされていないか心配してくれたのだと思う。気遣いまでしてくれる余裕がある。僕は、
「もちろん!最高に素晴らしい気分だよ!どんな天気だろうと関係ない。今僕がこうしてカミーノを歩けていることが信じられないんだ。夢みたいだよ!」と答えた。
それは強がりでもなんでもなく。僕の心の底から素直に出てきた言葉だった。
冬には冬の美しさがある。冬のカミーノはおすすめしないと僕は以前ブログにも書いたし、本でも人の話でも聞いたことがあった。でもどうだろう、今の僕はその意見に半分は同意するが、半分は賛成できない。
こうして2度目に冬のカミーノを歩けることはかけがえのない経験だと思えたから。僕1人で歩いていたら結構危険だったと思う。こんな風に楽しめているのも、こうして安全に巡礼ができるのもマイケルに出会えて助けてもらっているからだと思う。
雪が降っても雨が降っても風に吹かれても、道は泥んこで動物の糞だらけでも、冬の巡礼路が見せてくれる景色は本当に美しい。冬のカミーノにはそれだけが持つ魔法があった。

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